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セックスがしたい、と言った。性欲が有り余っていたわけではない。ただ頭の中で不安と嫌気が泥のように渦巻いていて、それらから逃げ出したくなっただけだ。そういった仄暗いもの全てを一時的に忘れられる方法を、私はセックスしか知らない。したことがあるわけではないけれど、したらきっと何もかもが変わってしまうのだろうという予想は間違っていないはずだ。
及川は目を丸くした後、呆れたように目を伏せた。盛りの年頃であるはずなのに、セックスに釣られるような人ではなかったようだ。それが嬉しいことなのか、私にはわからない。
「お前が今悩んでるのはわかるんだけどさ、それは俺とセックスをして解決するの?」
及川の言うことはもっともだった。セックスは一時的に悩みを忘れさせるだけで、少ししたら戻ってくるだろう。そんなこと、私も理解している。
「解決しようがないから悩んでるんじゃん」
私の口調は責め立てるようなものになった。それに対し、及川の言葉は柔らかかった。
「そういう時は愚痴でも聞いてもらおうとしろよ。友達だろ」
暗に、話を聞くと言ってくれているのだろう。及川の優しさがじんわりと胸に広がる。けれども据え膳を下げられたという手前、私はどうしても素直になれなかった。
「セックスはしてくれないんだ」
「セックスは付き合ってから」
そう言う及川は、一見誠実な男に見えるのだろう。けれど自分は愚痴の一つすら言わず、勿論セックスもせずに、どうして対等な関係を築いているような顔をするのだろうと思った。せめて及川も、私に弱い所を見せてくれたらいいのに。そこまで言う度胸はなく、私は小さな声で語り出した。
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