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 どうして好きになるのに理由はいらないのに別れるのには理由が必要なのだろう、と思わずにはいられない。できることなら、何も言わず別れたかった。俺達は一緒にいればいるほど、お互いの首を絞め合うだけだった。けれど何も言わず別れることができるくらい、簡単な付き合いではなかった。全て、好きだとか愛だとかそういったキラキラした気持ちから来ているのだと思うと、俺は純粋に恋をしていた数年前の自分を殴りたくなった。未来の自分から殴られたところで、あの頃の自分は恋をやめようなどと思わなかっただろうけれど。

 息を、吐いて吸う。この数年間、色々あった。死んだ方がマシなのではないかと思うくらい苦しい思いもしたし、俺はどうにかなってしまうのではないかと思うくらい幸せな思いもした。その全ての原因は名前だった。完璧に噛み合っていたはずの歯車はいつしか不協和音を奏で、すれ違いを多発する。もう離れた方がいいとわかっているのに、胸に深く刻まれた愛がそれを許さない。でも今日俺は、一歩踏み出す。

「名前」

 俺は、待ち合わせ場所にやってきた名前の名を呼んだ。名前はこれからする話がわかっているかのように神妙な顔つきをしていた。俺達が改まって呼び出してする話など、別れ話しかなかった。別れよう、と言おうとして口を開く。でも声が出てこずに、口を閉じる。

「俺達、もう、だめだ」

 名前の顔を見られない。気を緩めたら俺の方が泣いてしまいそうだ。

「大好きだ。大好きだけど、もう一緒にいるべきじゃないんだよ」

 ちゃんと理由をつけるはずだったのに、俺は最後まで好きだとのたまってしまった。俺の震えた声に、名前は気付いただろうか。名前が拳を握るのが見えた。

「私も、そう思う」

 本来なら、ここで別れ話成立として去るべきだろう。だがどうしてもその気になれなくて、俺は名前を思い切り抱きしめた。今までのどれよりも熱い抱擁だった。名前も俺を抱きしめた。自分から言ったくせに、もう最後なのだと思ったら離れられる気がしなかった。俺の全身に、熱いものが込み上げた。