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「一年後のお互いに向けて手紙を書こうよ」

 そう言われた時、正直に言って私は引いた。何しろ私達は付き合ってまだ二ヶ月だったのだ。お互いのことも探ってばかりのこの時期に、一年経っても変わらず付き合っていると相手に告げられる胆力が羨ましかった。

 とはいえ「別れてると思う」など言う度胸もなく、私は仕方なく手紙を書いた。内容はありきたりなものだ。いつもありがとうとか、好きだとか。カップルが書きそうな手紙を想像して書いた。幸郎は自分の手紙と私の手紙を交換すると、「一年後に開けてね。絶対だよ」と楽しそうな顔をしていた。その様子はタイムカプセルを仕込む子供のようだった。私は適当に聞き流し、幸郎の手紙をクローゼットにしまった。

 それから半年、私達は呆気なく別れた。理由はよくあるすれ違いだった。少しの悲しさや寂しさはあったけれど、一週間も経てば素に戻った。また元の日々に戻って数ヶ月経った頃、スマートフォンのリマインダーが通知を運んだ。幸郎の手紙の開封日だった。

 あれから一年経ったのだ、と感慨に浸る。私の中で幸郎は既に過去の人になっており、触れてはいけないほど苦しい思い出でもなかった。私は興味本位で手紙を開けた。幸郎のことだから、呑気な内容が書かれているのだろう。それを笑ってやろうと思ったのだ。

「俺とはもう別れていますか? 俺は名前ちゃんが好きだけど、名前ちゃんが俺のことを好きじゃないなら仕方ないよね」

 ひゅ、と息を飲んだ。幸郎は手紙を提案した時から、いや、もっと前から、私達が長く続かないことをわかっていたのだ。では何故手紙を交換しようなどと言ったのか。私は必死に目を走らせる。

「でも名前ちゃんが俺のことを好きだって言うなら、本当に離さないからね」

 私はそこで自分の書いた手紙を思い出した。適当に、好きだとか書いた。その手紙は今日幸郎が読んでいることだろう。何の巡り合わせか、私は今フリーだ。どこからどこまでが幸郎の手のひらの上なのかわからなくなってくる。まるで刻限を告げるように、スマートフォンが着信音を奏でた。