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 私は購買で買ったチョコレートを手に、佐久早の元へ歩いた。先日、佐久早に係の仕事を助けられたのだ。佐久早は体育館が空くまで時間があったからいいと言っていたが、何もしないわけにはいかない。私は自席に座っている佐久早へチョコレートを差し出した。

「これ、この間のお礼に」

 佐久早はチョコレートを一瞥した。表情は変わっていない。佐久早に「そんなのいいよ」とか「申し訳ない」なんていうリアクションは期待していないけれど、まるで興味のない反応をされるとこちらも不安になる。その不安を的中させるように、佐久早はマスクの中で口を動かした。

「受け取れない」
「え?」

 私は、渡し方のことを言われているのかと思った。厳しい体育教官に授業の見学の申し出を断られた時のことが頭を過ぎる。私の行動が、何かおかしかっただろうか。手元を見るが、別に失礼な差し出し方はしていない。佐久早は仕方ないと言うように眉を寄せた。

「日付を考えろ」

 私は息を呑む。もうすぐバレンタインだった。そして、今私があげようとしているのチョコレートだ。今渡したら、これがバレンタインの贈り物になってしまう。私の懸念を察したかのように、佐久早は目を逸らした。

「お前のバレンタインがこれで済むはずないだろ」

 私だったら、購買で買ったものにせず手作りにする。佐久早はそれを理解していたのだ。私にチャンスを残しておいてくれたと言っていいだろう。だからと言って、バレンタインに手作りをあげたらそれで付き合えるというわけでもないのだろうけれど、私としては有難いリテイクだ。私は咄嗟にチョコレートをしまった。

「じゃあ、お礼は学食を奢るので」
「それも格好悪いからやめろ」

 そう言う佐久早は私のことを女子だと認識しているだろうことがわかって、私は少し嬉しくなった。