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 待ち合わせに現れた夏油を見て、私は目を丸くした。普段の改造した制服にお団子姿ではなく、フォーマルなジャケットにシャツを合わせていたのだ。髪型も、ほつれのない一つ結びである。

「普段と違うね」

 私が声をかけると、夏油ははにかむように笑った。今日初めて見る、いつもの夏油らしい夏油だった。

「何せ大事な娘さんを貰うんだ。かしこまりすぎってことはないだろう」

 私達は駅から家までの道を歩いた。寮暮らしになってから、実家に帰るのは久しぶりだった。事前に連絡こそしているが、私の親は彼氏を連れてくるなど卒倒してしまいそうだろう。それも、婚約の話まで。

 夏油が見かけによらず誠実な人物だということは、付き合ってからよく知っていた。だから結婚の挨拶に行きたいと言われて嬉しかった。

 夏油は私の家のリビングで、勧められるまま腰を下ろす。顔には人のいい笑みが浮かんでいた。夏油は詐欺師になる才能があるのではないかと思った。ほんのたとえでしかなかったその予感が、悪いように的中した。

「私はこれから、娘さんと犯罪者になります」

 空間が凍ってしまったように、誰も動けない。ただ夏油が愛想のいい笑みを浮かべている。結婚の話をするのではなかったか。犯罪者とは、一体何なのか。

 夏油は流れるような口調で悠々と説明した。これから、呪術師だけの世界を作ること。既に自分の親も殺したこと。突然コミックの悪役のようなことを言われて、私の親はさぞかし困惑していることだろう。だが、私はそれ以上に混乱している。頭だけぐるぐると動き回って、体は磔にあったように動かない。

「……さて」

 夏油は立ち上がった。私の親は気絶していた。夏油がさせたのだ。自分の親を殺した夏油なら私の親を殺すことくらい造作もないはずなのに、どうして。

 蛇のような瞳と目が合う。

「私は君の親を殺さなかったよ?」

 これは脅迫だ。私の親をいつでも殺せると。その上で、今殺さなかったことに感謝しろと。私の親の顔や住所は既に知られている。私は夏油について行くほかないのだ。

 私はゆっくりと立ち上がった。全身から力が抜けているのに、マリオネットみたいに勝手に体が動いた。その姿を見て、夏油が笑った。