▼ ▲ ▼

 赤いリボンが所々に飾られ、街はバレンタイン一色になっている。かく言う私も、バレンタインに心を躍らせている者の一人だった。今年はお世話になった人や友達にあげるだけではない。同じクラスになってから片思いをし続けている相手、佐久早にもあげようと思っているのだ。佐久早は人からものを受け取るのを嫌がるきらいがあるが、バレンタインに女の子からチョコレートを貰ったら嬉しいに違いない。実際に佐久早が食べるかは置いておいても、受け取ってくれることは間違いないだろう。

 雑誌を机に広げ、友人とどのチョコにするかと話していると、通りすがりの佐久早に服を摘まれた。友人の輪から外れ、佐久早を見ると、佐久早は「手作りはいらない」とだけ言って去ってしまった。残された私は、盛り上がる友人達を横目に失恋したような気分でいた。

 今年のバレンタインの大本命に、あげる前からいらないと言われてしまったのだ。断られたのはチョコとはいえ、恋愛の行く先も不穏なのではないかと思ってしまう。佐久早にあげられないなら私のバレンタインはないも同然だ。私は萎れた心で仕方なく簡単なクッキーを作った。当日、今から誰にあげてくるだの浮かれている友人達を見ながら、私は義理チョコと友チョコだけを渡した。

「なに、佐久早」

 バッグにクッキーをしまっていると、何か言いたげな様子で佐久早が近寄る。佐久早はコミュニケーションに難があるので、こちらが佐久早の言いたいことを引き出してやらなくてはならないことが度々ある。今回は、拙いながらも自分で言ったようだった。

「俺のは」
「ないよ。佐久早がいらないって言ったんじゃん」

 すると佐久早は不本意だとばかりに眉を寄せた。佐久早が手作りはいらないと言ったのだから作っていないのだ。文句を言われる筋合いはない。唇を突き出す私に、同じく不機嫌そうな佐久早が口を開いた。

「手作り『は』いらないって言ったんだ。他の物なら受け取る」
「それって、買いチョコとかプレゼントってこと?」
「そうだ」

 私は唖然として佐久早を見た。佐久早はバレンタインの贈り物そのものをいらないと言ったのではない。手作りのチョコ以外なら受け取ると言ったのだ。間違った受け取り方をした過去の自分を悔いたが、佐久早の言い方も大分紛らわしくないだろうか。衝撃で何も言えない私に、佐久早は平然と言い残した。

「この借りは俺の誕生日に返せ」

 バレンタインの贈り物とは贈る側の好意であげるもので、借りでもなければ必要事項でもないのだけど、佐久早の中で私が佐久早にバレンタインの贈り物をするということは決定事項らしい。佐久早の誕生日は春休みだけど、私はその時まで片思いを続けなければならないのだろうか。誕生日プレゼントを考えながら、今度こそ私は佐久早に告白する決意をした。