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「彼氏にはあげねぇのに俺にはくれるのか」

 渡された包みを見ながら俺は呟いた。チョコを貰うのが嫌だったわけではない。ただ、本来俺は貰う立場ではないのだと思うと、どうもむず痒かった。名前からチョコや愛を向けられるべき奴はと言うと、異国の地でサッカー真っ盛りである。サッカーにのめり込んでいるのは俺も同じだが。

 名前は俺の隣に並んで腰を下ろした。堤防からは海が見えていた。名前は海の向こうの冴でさえも見ようとするかのように、水平線の向こうを見る。

「冴がわざわざバレンタインのために帰国すると思う?」

 気丈な言い方だった。だがそれは無理をしているのだろうと感じざるを得なかった。俺はイベントの度に名前を失望させる冴を憎んだ。現実的に考えて、プライベートでの些細な行事ごとに帰国するのは無理だとわかっている。それでも、俺はアイツが許せなかった。

「決めた。俺はもうバレンタインチョコなんざ貰わねぇ」

 俺は今まさにチョコを食べながら言った。チョコは甘かった。やけに美味しく感じるのは、これが最後のチョコだからなのか。それとも、名前が作ったからか。

「何で?」
「悲しませたくないんだよ」

 バレンタインに期待を込めてチョコを作る女子のことも。本命の相手にあげられなかったからと代わりにチョコを受け取ることになる、不幸な男子のことも。もうこんな思いをするのは沢山だ、と俺は思っていた。