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通信制高校というものはスクーリングがある。授業をする学校もあるが、私達の学校のように遠足や行事で集まることが多い。集合場所にいるのは、私のような引きこもりや内気そうな人々だ。全日制の高校の派手なクラスメイトに馴染めなかったことを思い出し、私は安堵した。その中で、一際目立つ影があった。どこかで見た覚えがあるのに思い出せない。何だっただろう、と考え続けて、私は山へ移動中のバスの中で彼の名前を思い出した。
「あの、糸師冴?」
彼は確か、弟が見ていたテレビの中にいた。新世代を担う、サッカー選手として。
私の隣で退屈そうに頬杖をついていた彼は、その声に顔を向けた。
「あ?」
間違いなく、糸師冴だったようだ。だが私は名前を聞いた後のことを考えていなかった。小さくなる私に対し、彼はぼそりと呟いた。
「糸師冴『さん』だろ」
「はい」
やはり彼はカリスマだ。私はテレビの様子を思い出しながら、そう考えていた。
スクーリングの内容はみんなで登山をしようというありきたりなものだった。ここにいる人達はみんなアウトドアではない。恐らくそうなのは糸師さんだけだが、彼は大人しく最後尾を歩いている。普段鍛えていると言えど、それで目立つ気はないのだろう。
「糸師さん」
話しかけた私に対し、糸師さんは息も乱れないまま答えた。
「冴でいい」
その顔はどこか複雑そうだ。そういえば、周りのサッカーファンはみんな下の名前で呼んでいた気がする。同姓の人でもいるのだろうか。
「冴……」
「さんを付けろって言ってんだろ」
名前を呟くと、鋭い眼光で睨まれてしまった。私は飛び上がりそうになるのを抑え、次の話題を探す。
「あの、今日の遠足楽しみだね!」
既に始まっているけれど、やはりこういったことには心が浮き立つ。私でさえそうなのだから、海外で活動するためだけに通信制高校に籍を置いている冴さんはさらに程度が上なのではないだろうか。
「別に俺にとっちゃただの単位稼ぎだ」
山道を一つ一つ踏みしめながら、冴さんは上へ登る。段々と道が険しくなってきた。私は必死で冴さんについて行く。気付けば私が最後尾だ。
「ま、待って、速い……」
「お前が遅いんだよ」
冴さんについて行くこと一時間、私達は山頂に達した。私は新鮮な空気と景色に心を震わせていた。多分、全日制の遠足ではこうはいかなかっただろう。私が通信制へ転校した経緯を思い出して苦笑する。隣では冴さんが無表情に突っ立っていた。かと思えば、バッグからスマートフォンを取り出す。
「マネージャーがうるせぇから見せる」
私は最初、カメラマンを頼まれているのかと思った。糸師冴のSNSに上がる写真を撮ることができるなど名誉なことだ。しかし冴さんが私を招くように手を動かすので、私も隣に並んだ。冴さんは二人が画面に収まったのを確認するとシャッターボタンを押した。
もう用はないとでも言いたげに解放され、私は一人冴さんの隣に佇む。
「私にもその写真欲しいなって……」
折角友達と写真を撮れたのだ。私の両親だって喜ぶだろう。冴さんは考え込むような顔つきをした。データの共有をするとは連絡先の交換をするということだ。私がそれに値するか、値踏みしているのだろう。
冴さんは目を伏せた後諦めたようにスマートフォンを私に差し出した。画面には、コードが表示されている。
「サッカーの話題では連絡すんなよ」
冴さんはミーハーを嫌って言ったのだろうけど、私はプライベートの連絡であれば許されたような気がして嬉しかった。大きく頷いてスマホを握りしめると、冴さんが小さく息を吐き出した。
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