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 姫野さんの葬式が終わって数日経った後、アキくんは私の元に現れた。公安の廊下であったけれど、大事な話だということはアキくんの顔を見ればわかった。もしかしたら姫野さんの死でアキくんは沈んでいるだけなのかもしれなかった。それにしては、随分と罰当たりなことを言った。

「付き合いましょう」

 アキくんは、まるでそれが決定事項のように言う。好きだとも言わなければ、私の気持ちも聞かない。そんなことは必要ないとでも言いたげだ。

「俺は姫野先輩のために幸せにならなきゃいけないんです」

 アキくんは私ではないどこかを見ていた。アキくんが今一番に考えているのは姫野さんのことなのかもしれない。姫野さんのことだから、アキくんに幸せになってほしいなど言いそうだ。アキくんはそれを忠実に叶えようとしているのかもしれない。私を利用して。

「それに私が付き合えって?」

 捉え方によっては意地悪な声を出すと、アキくんは即答した。

「俺が幸せになるなら名前さん以外考えられません」

  直接的な言葉ではなかったが、これ以上ない愛の告白だった。多分、アキくんがこうだから姫野さんはアキくんの幸せを一方的に願ったのだろうと思った。アキくんの後ろを職員が通り過ぎて行く。全て目に入らないように、アキくんは恍惚としたまま続ける。

「俺の寿命はあと数年だから、ちょっとの間一緒にいてくれるだけでいいんです。でも名前さんは死なないでくださいね」

 アキくんの言葉を聞きながら、これは呪いだと思った。姫野さんがアキくんに託した言葉を、アキくんは私に託したのだ。そしてアキくんが死んだら私も誰かに託すのだろう。こうして公安内に呪いは蔓延る。私は廊下に突っ立ったまま、アキくんをぼうっと見上げていた。