▼ ▲ ▼
俺はチームの練習から家に帰る途中だった。中学に上がって別のチームに所属した兄ちゃんが、誰かと向かい合っていた。
「凛が好きだって言ってた」
その誰かの姿は見えなかったが、兄ちゃんの言葉ですぐにわかった。俺が好きな人物は、幼馴染の名前しかいないからだ。その場で出て行く勇気もなく、俺は逃げるように家に駆け込んだ。代わりに、少し遅れて入ってきた兄ちゃんを責め立てた。
「何で言うんだよ兄ちゃん!」
俺の顔は怒っていて、それでいて今にも泣きそうだっただろう。こんな顔を名前に見せられるはずがない。兄ちゃんは俺に見られていたことに気付いていなかったのか、少し驚いたような顔をした後いつもの表情に戻った。
「お前でオーケーなら俺も付き合えるだろ」
その一言で、俺は利用されていたのだと気付く。兄ちゃんは、自分で告白する代わりに俺を使ったのだ。
「返事はオーケーだったぞ」
兄ちゃんの言葉に俺は勢いをなくす。俺の名前が使われたことも忘れて、兄ちゃんの隣に名前がいる未来を思い描く。俺以外だったら兄ちゃんくらいしか名前の彼氏は認められない。でも、やっぱり俺がいい。
「付き合うの?」
俺は縋るような目をしていただろう。兄ちゃんは一度目を伏せると、俺の頭に手を置いた。
「いや、俺は卑怯な手を使ったからな。せっかくだからお前が付き合え」
俺は兄ちゃんの手の温かさをよく覚えている。自分が告白するチャンスがあったにも関わらず、身を引いて俺に名前を譲ってくれた兄ちゃん。当時の俺はそう思っていた。だが今ならわかる。兄ちゃんははじめから名前と付き合う気などなく、俺と名前をくっつける気で俺の気持ちを伝えたのだ。それにあやかっているのだと思うと居心地が悪いが、名前が隣にいるのは悪い気がしない。
「どうしたの? 凛」
成長して、高校生になった名前。アイツの真意に気付いた後も、俺は名前と付き合い続けている。
「……別に」
俺が歩き出すと、名前が小さな歩幅でついてきた。全てアイツの思い通りなのだと思ったら、少し腹が立った。
/kougk/novel/6/?index=1