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 俺はチームの練習から家に帰る途中だった。中学に上がって別のチームに所属した兄ちゃんが、誰かと向かい合っていた。

「凛が好きだって言ってた」

 その誰かの姿は見えなかったが、兄ちゃんの言葉ですぐにわかった。俺が好きな人物は、幼馴染の名前しかいないからだ。その場で出て行く勇気もなく、俺は逃げるように家に駆け込んだ。代わりに、少し遅れて入ってきた兄ちゃんを責め立てた。

「何で言うんだよ兄ちゃん!」

 俺の顔は怒っていて、それでいて今にも泣きそうだっただろう。こんな顔を名前に見せられるはずがない。兄ちゃんは俺に見られていたことに気付いていなかったのか、少し驚いたような顔をした後いつもの表情に戻った。

「お前でオーケーなら俺も付き合えるだろ」

 その一言で、俺は利用されていたのだと気付く。兄ちゃんは、自分で告白する代わりに俺を使ったのだ。

「返事はオーケーだったぞ」

 兄ちゃんの言葉に俺は勢いをなくす。俺の名前が使われたことも忘れて、兄ちゃんの隣に名前がいる未来を思い描く。俺以外だったら兄ちゃんくらいしか名前の彼氏は認められない。でも、やっぱり俺がいい。

「付き合うの?」

 俺は縋るような目をしていただろう。兄ちゃんは一度目を伏せると、俺の頭に手を置いた。

「いや、俺は卑怯な手を使ったからな。せっかくだからお前が付き合え」

 俺は兄ちゃんの手の温かさをよく覚えている。自分が告白するチャンスがあったにも関わらず、身を引いて俺に名前を譲ってくれた兄ちゃん。当時の俺はそう思っていた。だが今ならわかる。兄ちゃんははじめから名前と付き合う気などなく、俺と名前をくっつける気で俺の気持ちを伝えたのだ。それにあやかっているのだと思うと居心地が悪いが、名前が隣にいるのは悪い気がしない。

「どうしたの? 凛」

 成長して、高校生になった名前。アイツの真意に気付いた後も、俺は名前と付き合い続けている。

「……別に」

 俺が歩き出すと、名前が小さな歩幅でついてきた。全てアイツの思い通りなのだと思ったら、少し腹が立った。