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「はい銀さん、これで糖分補給してくださいね」

 町を歩いていたら銀さんに会ったので、私はちょうど持っていた大福をあげた。おまけで貰ったのだが、生憎私は餡子が苦手なのだ。甘党の銀さんならば喜んで受け取ってくれることだろう。歓喜に満ちた顔を想像して銀さんを見たが、そこにあったのは照れと戸惑いの表情だった。普段ならば尻尾を振って飛びつくはずなのに、何故手を伸ばすことを躊躇うのだろうか。

「銀さん、どうかしました? もしかして餡子苦手ですか?」
「いや? 苦手じゃないよ? むしろ大好きなんだけどさぁ……」
「けど?」

 私が続きを促すと、銀さんはすぐ隣の雑貨店に掲げられているポスターを指差した。

「今日ってさ、バレンタインじゃん」

 二人の間に沈黙が訪れる。すっかり失念していた。菓子の交換の文化があまりない職場に甘えて、バレンタインデーの存在を忘れ去っていた。これでは私が銀さんにバレンタインチョコをあげたようになってしまう。それならばこれは義理チョコだとかたまたま貰っただけだと言えばいいのだが、生憎私は銀さんを好きなのである。ここで本命チョコではないと否定したら、折角縮めた距離がまた元に戻ってしまう。銀さんも私との間にいい雰囲気を感じているから、こうして気まずそうにするのではないだろうか。私のことを何とも思っていなかったら、ふざけて冷やかしてみたり素直に大福を喜んだりしたはずだ。

「えーっと、これは何? チョコ?」
「そ、そうですね。銀さんは他にもチョコを貰うだろうから、飽きてしまうかと思って。私は大福にしてみました」
「なるほどね。まあ俺こう見えて全然貰わないんだけどね。俺にチョコくれんの名前ちゃんだけだから。後は神楽の手垢まみれのチョコくらいだから」
「貴重なチョコみたいですから、味わって食べてください」

 お互いに緊張した二人は、空回りの会話を繰り返す。そのくせに私は大福をあげようとしないし銀さんは受け取ろうとしなかった。照れ臭いのだ。大福をあげたら、本当に私が銀さんに告白したみたいになってしまう。そうしたら、銀さんも私に返事をしなくてはならない。私達の関係が変わるということが、今更恥ずかしかった。

「あ、あの! やっぱり大福の出来に不満があるので、後日渡します!」
「あ、そう? 俺は別に全然いつでもいいよ、うん。でも名前ちゃんにチョコ貰ったらホワイトデーを待たずにお返ししちゃうかな。俺一ヶ月とか待てないから」
「それじゃあ楽しみにしてます」

 そう言って私達は逃げるように別れた。私は熱い頬を冷ますように風を切って歩いた。今、銀さんは一ヶ月も空けずすぐにお返しをすると言った。これは返事はもう決まっているということだ。後は私がいつ大福を渡して告白するかである。全ては私に委ねられている。もう結果も見えている恋に挑むのがむず痒くて、私は大福を握りしめた。