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「佐久早の誕生日祝いに苗字がサプライズで来てほしいんだけど」

 突然現れてそう言った古森君を前に、私はジュースを持ったまま固まった。古森君は長居する気なのか、勝手に私の前の席の椅子を借りている。椅子の持ち主は神経質な佐藤さんだったが、古森君が声をかければ持ち前の明るさでなんとかなってしまうのだろう。

「それ、佐久早の気持ち言ってるようなものじゃない?」

 私は臆することなく口に出した。今更鈍感なふりなどできない。去年佐久早と同じクラスになってから今も交流は続いている。バレー部で盛大に祝うだろうパーティの一番の盛り上がり所に私を持ってくるとは、もはやそういうことなのだ。佐久早は私が好きであると。

「うーん、苗字には怒らないんじゃない?」

 古森君は少し困ったような顔を見せた。もしかしたら、サプライズの発案者は古森君ではないのかもしれない。私のせいで古森君と佐久早の仲に亀裂を入れてしまったら少し申し訳ない。決して三角関係などではないが。

「佐久早はそういうイジリ嫌いだと思うけど」
「苗字、佐久早のことわかってるね」

 あの気難しい様子を見れば誰だってわかるだろう、と言いたくなるのを我慢した。確かに私は、他の女子よりは佐久早と仲がいい。でも今の言い方は、まるで言質をとるようなものだった。

「だからってカップリングさせないでよ?」

 私は恨みがましい視線を向ける。外野に勝手に囃し立てられることを嫌うのは佐久早だけではない。私だって、当然バレー部の群れに放り込まれたら困る。

「俺達からは何もしない。佐久早がもし告白したらその時答えてよ」

 古森君は安心させるように言ったが、私はどうも腑に落ちなかった。佐久早が場に流されて告白するかと言われたら、正直考えづらい。でも、誰も私のことを佐久早の「何」なのかを言わないまま、ただの友達としてシークレットゲストで登場しようものなら、私は羞恥で寝込むだろう。

「わざわざゲストで来て、何もそれらしいことがなかったら逆に居づらいんだけど」

 すると古森君は悪気のない顔で私を見つめた。

「じゃあ佐久早にするように言おうか?」
「言わんでいい!」

 結局、佐久早が公然告白をしようが、私をただの友達として扱おうが、私が恥ずかしいことに変わりないのだ。佐久早の前で、私はいつも恥ずかしがっている気がする。もし告白されたらの答えをなんとなく感じながら、私は佐久早に思いを馳せる。多分一番恥ずかしいのは佐久早だから、一日くらい我慢するか。なんて、辱める本人が思ってはいけないのだろうけれど。
「じゃあよろしくね!」と言って古森君が席を立った。教室に戻ってきた佐藤さんが、使われた形跡のある椅子を見て顔を顰めていた。