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 二人で夜道を歩いていた。会話がないのは最近よくあることで、私達は互いの靴音でコミュニケーションを図っている。及川が落ち着いているのに対し、私は急いでいる。私はずっと窺っているのだ。話を始めるタイミングを。

 電柱を何本か通り過ぎた。あと十分ほど歩いたら、私の家が見えてくる。もう覚悟を決めなくてはならない。私は息を吸い込んで、「ねえ」と言った。

「別れ話してもいいけど家までは送って行くよ」

 完璧なまでの返しだった。及川は私が別れようと言おうとしていることをわかっているのだ。その上で、どうってことないと言うように前を向いたまま歩いている。きっと察していたのだろう。私が別れたがっていたことに。そう考えたら少しきまり悪く感じた。私も平気なふりをして、少し先の信号を見る。

「じゃあ家着いた後にしようかな」
「ん」

 確かに、別れ話をした後も及川と歩くのは気まずい。私は話ができるタイミングを待ちながら歩きを進めた。だというのに、頭の中に蘇るのは及川との日々ばかりだった。及川と別れたくないとでも言うように、私の脳は過去のきらめきを投影する。私はそれにまんまと当てられている。

 私の家の前に着いた。及川は待つようにじっと立っている。話を止めようとしない及川を見ていたら、急に寂しくなった。だから話を逸らすことにした。

「なんか、タイミングわかんなくなっちゃった」

 私はおどけてみせる。及川は対照的に静かな態度で、ゆっくりと口にした。

「いいよ、もう少し付き合っても」
「何で徹が言うの」

 私が言うと、及川も少し笑った。「もう少し」なのが悲しかった。私達の先に必ずゴールはある。及川のアルゼンチン行きという、確かなゴールが。それまで穏やかに破滅の道を辿るというのもまた、いいかもしれない。

「早く寝ろよ」という言葉を残して、及川は去って行った。今日は電話してくれないのだと思ったら、少し悲しくなった。