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「俺を思い切り罵ってほしいんだ」

 そう言った昼神君はふざけた様子でもなく、ひたすらに真意が読めないというのが私の感想だった。私にそのような趣味はないし、第一恋人でもない。何かのプレイをするような間柄ではないのだ。そのおかしさについては言及せず、昼神君は恍惚とした瞳で語った。

「初恋なんだ、苗字さんが。ずっと忘れられない。どの女の子と付き合ってキスをしようとしても、昔見た苗字さんのあのぷるぷるした唇を思い出すんだ」

 今、告白をされたのだろう。けれどそれに対して嬉しいなどと思うよりも、昼神君の変質さに対する驚きのほうが大きかった。ある意味では純朴と言えるのかもしれない。私はすっかり、昼神君をそこそこの遊び人だと思っていた。

「キスしたことないの?」

 こういったことを聞けるような仲ではないことを承知で言うと、昼神君は気にした様子もなく返した。

「ある。けど長くはもたない」

 キスは長くできない。でも誤魔化すようにしてセックスはできる。そういったところだろうか。昼神君は彼らしくない、困った表情を浮かべた。

「お願い。俺の初恋を終わらせて」

 私はどうして、特に交流もない、勝手に恋をしてキスができなくなっている変人の面倒を見なくてはならないのだろう。そう思いつつも、目の前の昼神君が可哀想で、私はありったけの不満を込めて叫ぶ。

「昼神君の、このインポ野郎!」

 セックスはできるのだから、インポは違うかもしれない。でも他の女の子に心から欲情できないなら同じ意味だ。昼神君は特に不快そうにするでもなく、おかしそうに笑っていた。

「あはは、インポって何それ。他にもっとあったでしょ」

 暫く笑っていた昼神君の顔から表情が消え、目が真っ直ぐに前を見つめる。その瞳にもう、私は映っていない。

「ありがとう、うん、もうちゃんと好きじゃない」

 よかった、と思った。けれどそれを口にするのは少し嫌らしい気がして、私は頷くにとどめた。昼神君がまた恋を始められるなら、喜ばしいことだ。そうなろうが昼神君の人生には濃く私の存在が刻まれたままだということに、私は見ないふりをした。