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「優勝したらキスしてあげる」

 インターハイを控えた佐久早に、私はそっと言い放った。別に佐久早に好かれていると思っているわけではない。ただ、佐久早も女の子にキスをされたら嬉しいと思う感性くらいはあると思ったのだ。佐久早に彼女がいないことは、彼のストイックさを見ればわかる。

「俺は自分のためにバレーをやってる。女とかお前のためじゃない」

 佐久早はどこまでもつまらない奴だ、と私は認識を改めた。もしこれがバレーのためではなく、テストなどのためだったら頷いたのかもしれない。佐久早とはバレーに情熱をかけすぎている。

 そのせいか、佐久早はきっちり優勝して帰ってきた。二学期の始業式の日、クラスメイトに囲まれた中で佐久早は私に視線を寄越す。しかしすぐに逸らす。私との約束は忘れたものだと思っていた。

「キス、って軽くないか」

 あの日と同じ、部活が始まるまでの放課後のフリータイムに、佐久早は私の隣に並んだ。その口調は、インターハイのことだと出さなくてもわかるだろうとでも言いたげだ。

「私のためじゃないんじゃなかったの?」
「それは努力する理由の話だろ。受け取らないとは言ってない」

 屁理屈のようであるが、佐久早らしいとも言えた。頑張る理由は他の人のためにしたくないけれど、飴はしっかり受け取る。実にちゃっかりしている佐久早らしい。

「日本一になったんだ。少しくらいご褒美があってもいいだろ」

「ご褒美」という言い方は、佐久早を幼稚に思わせた。実際、佐久早は子供らしい面がある。私に何かをねだる面とか。

「まずは、キスから」

 佐久早はじっと私を見据えた。キスを受け取ることは前提で、それ以上に追加のご褒美も求めているのだ。でも日本一になったことを考えたら、それくらいで釣り合うのかもしれない。相手が私であることで、価値が上がるのか下がるのかわかったものではないけれど。

 私は佐久早に身を委ねた。人のいる教室でキスをして、周りに付き合っていると思われることも、全部佐久早に任せる。