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「彼女いるか探られたり結婚の予定聞かれるの面倒くさい。名前結婚して」
「付き合ってないじゃん」

 私達はファストフード店のカウンター席に並び合っていた。その様子はとてもプロポーズには思えない、と凪の言葉を信じないながらも思う。凪はテーブルに突っ伏したが、大きな体は折りたたまれても周囲に存在感を放った。周りの人にはプロフットボーラーの凪誠士郎だとバレているのだろうな、と思う。

「今まで付き合ってるみたいなもんだったじゃん」

 文句を言う凪に、「何もしてないでしょ」と返す。確かに私達はこうして一対一で会っているし、気軽にできない話もする。けれどキスやセックスなどのことはしてこなかった。いくら凪が面倒くさがって告白をしていなかっただけだとしても、男女のやりとりがないのは明らかにその気がない証拠なのだ。私は何故か勇んだ気持ちでサンドイッチにかぶりつく。

「俺はずっと、名前に触れたいなと思いながら接してたけど?」

 凪が腕の隙間から私を見上げた。大抵の女はここで落ちてしまうのだろう。事実、私も落ちかけている。私は咀嚼したサンドイッチを嚥下してから漸く口を開いた。

「私のこと好きってこと?」
「多分そうだと思う」

 人に告白するどころかプロポーズする場面で「多分」とは何だと、思わず突っ込みたくなる。これがただの交際ならば凪だったらとオーケーできただろうが、結婚となると難しい。つい先日も記者に追われたばかりだと言う凪は、付き合いをしてからという話では納得しないだろう。

「……玲王に決めてもらおう」

 考えた末に、私は全ての判断を玲王に託した。玲王ならそういった決断ができる。

「そうだね。考えるの面倒くさいし」

 凪も考えていることは同じのようで、私達はまた日常へと戻った。つい先程まで結婚の話をしていたというのが嘘のようだった。