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『好きです』

 突然出されたその言葉に私は面食らった。目の前では、桂さんが至って普段通りに話をしている。問題は、エリザベスが掲げているプラカードだった。

「最近は会合もあまりなくてな。攘夷活動の行く末を探っているところだ」
『桂さんの気持ちを代弁しています』
「高杉のようにはなりたくないんだが、かといって穏健派と呼ばれるのも癪でな」
『桂さんはずっと名前さんが好きでした。攘夷志士の身分では名前さんを幸せにできないと尻込みしています』

 桂さんには悪いが、エリザベスのプラカードの内容が気になって話が頭に入ってこない。桂さんは、私が好きなのだろうか。浮かれた様子もなく真面目腐って攘夷の話をする桂さんからは想像できない。しかし桂さんの話に合わせるようにエリザベスはプラカードを出した。

「どうだ名前殿? 一回会合に来てみないか?」
『名前さんも攘夷志士にして犯罪者同士結ばれようとしています』

 桂さんの言い方では駄菓子でも食べて終わりそうなものだが、プラカードの内容を読んでからでは気が引ける。

「いやぁ……私が攘夷活動に参加しなくても、桂さん達は強いじゃないですか」
「フッ、さっきも真選組のカス共を抜いてきたところだ!」
『昨日の夜名前さんで抜いてました』

 高らかに笑う桂さんには悪いが、プラカードの内容を読んでからではとても桂さんに感心する気にはなれない。

『名前さんがいいなら、一回今の桂さんの家に来ませんか』
「えっ……」

 声に出したのがいけなかったのだろうか。桂さんは遂にエリザベスに気付いた様子で、「む?」と言ってエリザベスのプラカードを見た。本来振り返らないとエリザベスの台詞は確認できないはずだが、普段は前を向いたまま三人で会話が成り立っているのが謎である。

 突然のことにエリザベスはプラカードをしまう暇がなかった。本当に桂さんに隠れて桂さんの気持ちを暴露していたのだろう。エリザベスは焦った様子だ。プラカードを見て、桂さんは「貴様ァ!」と声を上げた。

「俺に隠れて名前殿を口説くとはいい度胸だな! 人の家で女を抱くとは! 俺の隣で寝取られプレイを再現する気か!」

 私は呆れて桂さんを見た。彼氏のいない私が桂さんの隣でエリザベスと寝ようが、寝取られではないはずだ。

「私は誰とも付き合ってないので寝取られではないですよ」
「いや俺の中では妻だ。つまり名前殿とエリザベスがまぐわっている横で俺が寝ているのは寝取られと言えよう」
「妄想の中でも私とあの化け物をセックスさせるのやめてくれません!?」

 私は煮え切らない思いで桂さんを見上げる。私のことが好きなくせに、私が家に上がり込んだとしても横で見ているつもりだろうか。だから逃げの小太郎などと呼ばれるのだ。化け物と寝る私を見るという二重に趣味の悪いことをしないで、むしろ寝取る側になってしまえばいいのに。

「桂さんが恋愛にも穏健派だったなんて知りませんでした」

 これが私の精一杯の攻めだ。気付いたら私も桂さんを好きみたいになっているが、そういうことなのかもしれない。桂さんは目を丸くし、私の肩を掴んだ。

「名前殿……遂に攘夷志士になる気になったか!?」

 私は顔面に一発お見舞いしたいのを我慢すると、エリザベスの手を取って歩き出した。「どうした名前殿!? やはり寝取られなのか!?」という声がするが無視だ。まったく難儀な男を好きになってしまったものだと思う。