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「またマウント取られた。言い返すようなもの何もないし」

 私の手のひらの中には、新作のリップが収められている。高校生には少し根が張る代物なのだが、それをトイレでつけていた瞬間に隣で言われてしまった。所謂デパートコスメの、似たようなものを持っていると。

 白宝高校にはお金持ちが多いので、もはやそれは日常会話の一部なのかもしれない。だが私としては、背伸びした気持ちを折られたような気分だった。私が愚痴をこぼしている玲王もまたお金持ちであるが、玲王は結構ざっくばらんな性格をしている。受け流しているだけかもしれないが、合わせて悪口を言ってくれるのだ。その口の悪さに少し、私は甘えている。

「俺でマウントとっていーぜ」

 玲王はその女の子の悪口を言うでもなく、スマートフォンをいじりながら返した。玲王とは、御曹司で成績優秀、スポーツ万能な性格以外完璧な人間だ。それと親しくしているなら十分誇りに思えるが、残念ながら玲王は人たらしである。私の心を読み取ったかのように、玲王は言葉を付け足す。

「俺と付き合ってるって言えばいいじゃん」

 その真意が読めなくて、私は少しの間閉口した。多分、玲王は誰かと付き合うことに躊躇いがないのだろう。その上で、付き合っていると思われてもいいと思っている私に対し、実際に付き合うことはしない。私の口が尖った。

「周りから付き合ってるって思われちゃうよ」
「そんなの今更だろ」

 玲王のことだから、付き合っている噂など沢山あるのだろう。付き合っていると言っていい、と言われているのに、私はフラれたような気分になってしまう。玲王の一番になれたら、玲王はプライドをかなぐり捨てて告白してくれるのだろうか。なんて、本気で玲王を好きではない私が言っても仕方ないだろう。

「ありがとう」

 私が適当に礼を言うと、玲王は「おー」と言いながらスマートフォンを操作した。しかしその目は、スマートフォンではないどこかを見ていた。