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「冴と付き合うことになった」

 そう言った名前を見て、ああ今日は四月一日かと思い出した。エイプリルフール、嘘をついてもいい日。恐らく、この言葉は嘘でもある。だが名前はエイプリルフールのためだけにこう言っているのではない。試しているのだ。俺を。もし名前と冴が付き合うことになったら、俺はどうするのかと。

 俺は息を一つ吐いて、また吸った。春の空気はぬるかった。冴に帰国する予定はあるのかとか、聞きたいことは山程ある。でもそれらを一つ一つ言葉にしていくのは、必死のようで格好悪いと思った。名前を好きなくせに――、いや、好きだからこそ、俺は取り繕ってしまう。

「ここで俺が怒ったら付き合うのやめんのか」

 俺は遠くの景色を見ながら言った。住宅街、ただそれだけだ。どこも変わらない見た目の家が並んでいる。

「少なくとも私は、冴にそう言うかも」

 この言葉を聞いた時点で、二人はかなり進んだ段階にいるのだと思った。もう付き合う寸前まで来ているのだ。でなければ俺を試したりしないだろう。

 俺が怒ったから付き合うことをやめたいと名前が言ったところで、冴がそれを了承するはずもない。名前が今やっていることは、本当に無意味なのだ。それに気付かず俺に義理だてしようとする名前を、俺は愚かだと思った。

「勝手にしろ」

 俺は歩き去る。本当は付き合うな、俺のものになれと言いたい。けれどそれを名前づてに冴も聞くのだと思ったら耐えられなかった。こうして俺は幸せを手のひらからこぼしていくのだろう。我ながら損な生き方だと思う。でももう、やめられるものではない。俺はポケットに手を突っ込んだ。