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「あ、玲王のセフレさん」

 階段に佇む大きな影を見て、私はこの道を通ったことを後悔した。凪誠士郎、玲王の相棒だ。あまりにも玲王が大事にするものだから、無下にもできない。

「その呼び方やめてくれる?」

 私は高飛車を自覚しながら言った。この場には私と凪しかいないが、セフレと言葉にされるのが嫌だった。事実、していることは変わらないというのに。

「だって何て呼んだらいいかわかんないんだもん。付き合ってないんでしょ?」

 邪気なしに首を傾げてみせた凪に、私は苦々しく頷く。

「そうだよ」

 私は何故、凪と恋愛話などしているのだろう。凪は友達でもないし、浮いた話をするのが好きそうにも見えない。早くこの空間を去ろうと考え始めた時、凪が言葉を落とした。

「でもセックスはするんだ」

 私に言っているというより、自分に言い聞かせているかのようだった。言葉にすることで、それが真実だと確かめているような。凪は自分の手元を見ている。その顔が上がり、私と目が合った。

「じゃあ俺ともしてよ」
「は?」
「俺とも付き合ってないよ? セックスできるんじゃない? それとも気持ちがあると嫌なの?」

 凪は言葉によって虐めてやろうという気はなく、純粋に疑問だから聞いているという様子だった。その純粋さが、余計に私の心に拍車をかけた。

「気持ちって」

 嫌な予感を感じる。嫌な予感と言ったら失礼だけど、事実凪は玲王の友達だ。

「俺が苗字さんを好きな気持ち。玲王は苗字さんのこと全然好きじゃないよね。だからセックスできるの?」

 見ないようにしていた事実を簡単に述べられ、私はかっと熱くなる。階段の数段目に座っている凪を睨んだ。凪自身に振られたかのように。本当は、その逆を言われているというのに。

「私を変な人みたいに言わないでよ」
「じゃあ好きでいてくれる俺とセックスした方が楽しいよ、ほら」

 凪が手を伸ばす。私が求めているのは何なのかわからなくなってしまった。玲王なのか気持ちなのか、欲を満たしてくれることなのか。サッカーができるということに関しては、凪にもあてはまる。そうやって理屈をつけて、凪の手を取ろうとしている。恋愛は頭でするもんじゃねぇぞ、といつかの玲王の声が蘇った。玲王は私とのことを恋愛だと認識してくれていたのだな、と凪に触れながら思った。今になって初めて気付くのが皮肉のようだった。