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「チョコをありがとう。オレも苗字が好きだから、是非付き合ってほしい」

 三月十四日、オレは片手を差し出した。他の女子にはきちんとお返しを用意したのに、彼女にはそうしなかったのは苗字が特別だからだった。苗字は困ったように手を擦り合わせている。そういったところも可愛い、とオレは目を伏せた。

「あの……すごく言いづらいんだけど、赤司くんってお金持ちだからお返し何くれるかなって期待しただけで、別に好きとかそういうのではないんだよね」

 オレのプライドが折れる音がする。今放たれた言葉を受け入れられない。オレは勘違いして舞い上がったというのか? 冷静を装い、口を開く。

「じゃあ渡す時少し照れてたのは?」
「赤司くんって話すのに緊張しちゃって」

 オレの威圧的な面が、また悪いように作用してしまった。オレは困り果てて立ち尽くした。オレは告白だと思っていたからお返しを何も持ってきていない。そもそも苗字はお返し目当てだというのに、これでは赤司征十郎の名折れだ。

「苗字、今から好きなものを言ってくれ。何でも取り寄せる」

 オレは家の者の連絡先を開いた。携帯を構えたオレを見て、苗字が大袈裟に手を振る。

「え、別にいいよ! 私がミーハーだっただけなんだし」
「そういうわけにはいかない。バレンタインチョコを貰ったのに何もお返ししないなんて」

 これはオレのプライドがかかっているのだ。オレの肩はわなわなと震えていたかもしれない。苗字もオレが引かないことを理解したのか、焦った様子で口を開いた。

「わかった! じゃあ赤司くんと付き合うから! 赤司くん私のこと好きなんだよね?」

 なんだか、随分無理やりな流れだ。オレが強制的に仕向けたようではないか。そう思いつつも、胸は弾んでしまう。

「……ああ」

 羞恥と情けなさ。普段のオレにはあまりない感情が、オレを取り巻く。

「これからよろしくね! プレゼント頂きます」

 苗字はそう言って片手を差し出した。苗字は本当に後悔しないのだろうか。それとも、苗字は少しのきっかけでオレと付き合ってもいいと思うくらいオレを好ましく思っていたりして。流石に願望が過ぎると、オレは心を正した。