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 凍えるような風の吹く中、私はノースリーブにミニ丈の着物で町を歩いていた。こうなったのは全てさっちゃんのせいである。

「どうしてもアリバイが必要な暗殺があるの! アンタは私のフリして歩いてるだけでいいから!」

 そう言って替えの服とカツラ、眼鏡を押し付けられ、私は断りきれずに引き受けることになった。さっちゃんが忍者であることは知っているが、四六時中銀さんを追い回しているイメージしかないので殺し屋だということは忘れていた。今日はその少ない殺しの日らしい。さっちゃんになりきるなど私の方が暗殺されてしまうのではないかと思ったが、「そこは大丈夫よ」とさっちゃんは何故か自信ありげだった。要はさっちゃんが町にいたというアリバイを作ればいいのである。知り合いならまだしも、さっちゃんのことをよく知らない殺し屋の目ならば欺けるだろう。

 さっちゃんがストーキング以外どう過ごしているか知らないので、私は適当に雑誌を立ち読みしたりカフェに入ったりした。だがこれではただの二十代の女性だ。見た目に不安がある分、行動面で印象づけたい。何かいい案はないだろうかと考えていると、ちょうど私の向かいから銀さんがやってくるのが見えた。

「銀さーん!」

 さっちゃんのような気持ち悪いストーカーをイメージし、私は声の限り叫ぶ。恥じらいもなく抱きつくはずが、私は銀さんと人一人分の距離を空けて立ち止まってしまった。これでは異変に気付かれてしまう。もうどうにでもなれと私は銀さんの胸板に顔を擦り付けた。

「会えるなんて運命じゃない!? 今日の予定は空いてるのかしら! 私は銀さんに抱かれる準備ならいつでもできてるわよ!」

 さっちゃんが言っていることは大体こんなところだ。我ながら声真似は上手いと思うので、私の顔を見る暇もなかった銀さんは騙されていることだろう。銀さんはいつものように私――さっちゃんを掴むと、放り投げる、のではなくある方向へ引き摺り出した。

「羞恥プレイだなんて興奮するじゃないのォ!」

 実際に、人の多い通りを引き摺られているのは相当に恥ずかしい。だが羞恥心を噛み殺し私はさっちゃんになりきった。ゴミ捨て場にでも着けば銀さんは私を解放するはずだ。そこまで見せたら、敵も私がさっちゃんだということは疑わないだろう。

 ところが銀さんは数百メートル経っても私を引き摺っていた。流石にそろそろ体が痛い。普段ならば罵倒の一つでも言っていそうな銀さんが黙っているのも気になる。銀さんを見上げると、その背後にラブホテルが見えた。

「ぎ、銀さん?」
「あ? 何だよ。お前が言ったんだろ? 抱かれたいって」

 正確には抱かれる準備はできていると言ったのだが、それはさっちゃんの台詞だ。銀さんが本気でさっちゃんを相手にするところなど見たことがない。戸惑う私に、銀さんが小声で呟いた。

「中身は割れてんだよ。俺の股間センサー騙せると思ったら大間違いだぜ」

 バレている。私が私だと知った上で、銀さんはホテルに連れ込もうとしている。混乱する私の元へ、銀さんはさらに畳みかけた。

「どうせさっちゃんに用があるとかで頼まれたんだろうけど、ホテルの部屋入っちまったら全部取っても問題ねぇだろ」

 銀さんが女を作ったなど聞いたことがない。さっちゃんや他の女は相手にしないのに、私をホテルに連れ込む理由は何なのだろう。考えてもさらに焦るだけで、私は抵抗もできずにホテルに連れ込まれた。