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「あ、お邪魔してます」

 凛に家に呼び出された。だというのに当の本人はおらず、先に姿を見せたのは冴だった。幼馴染だというのに、彼氏の兄になった途端距離感が掴めなくなるのだから不思議だ。私達は異性として、同じ空間にいる気まずさを共有していたと思う。奇しくも私達は、私と凛が付き合ったことによって男女になったのだ。

 凛は暫く待っても来なかった。大方厄介なファンに絡まれでもしているのだろう。スマートフォンを見てまたポケットにしまうと、リビングのソファの隣に冴が座った。嫌な予感がする。その予感を当てるように、冴は私を押し倒した。

「嫌……っ」

 私は嫌がる素振りを見せたが、抵抗はしなかった。抵抗しても無駄だとわかったいたからか、それとも彼氏の兄を無下にできなかったからか。しかし冴が私の足を開こうとした瞬間、私は全力で足を閉じた。それを冴は凛への義理立てだと受け取ったらしい。

「は? あいつとまだしてねぇのか?」

 冴は純粋に驚いたという表情をしている。私も言うのが恥ずかしかった。凛と付き合って、まだセックスをしていないなど。冴に馬鹿にされるのではないかと思った。私ではなく、凛が。

「やっぱやめだ。それはできねぇ」

 冴はのそりと体を起こした。今になって思うが、この光景を凛に見られたらどうするのだという話だ。恐らく二人の兄弟仲は余計に悪化してしまうだろう。私もそれに加担するように、凛にも言ったことがないことを言う。

「一応言っとくけど、処女ではないから」
「それでもだよ」

 何故、冴には言えてしまうのだろう。やはり彼氏の兄というのは独特の存在であるらしい。私は体を起こしながら、本当にされるのではないかと胸を高鳴らせていたことに気付いた。私は流されてもいいと思っていたのだ。もし、凛とセックスをしていたらどうなっていたのだろう。余計な仮定を頭から吹き飛ばして、私は再びスマートフォンを見た。「もう着く」という凛からのメッセージを一件受信していた。