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「好きって言えば言うほど、言葉の価値が下がる気がする」

 とは、及川の言葉だ。正面きって告白する勇気のない私は、試しに好きだと言ってみて、と冗談のように持ちかけたのだ。当の及川はと言えば、やけに達観した顔で窓の外を眺めている。私は前にいるのだけど、と声をかけたくなる。

「じゃあ及川は告白したことないんだ?」
「ないね」

 及川は視線だけこちらに向けてにやりと笑った。このイケメンめ、と言いたくなる。そういえば及川に告白したという話は聞いたことがあるけど、告白されたという話は聞いたことがなかった。及川の言っていることも、あながち出まかせでもないのかもしれない。

「プロポーズは別として、俺が好きって言うのは生涯に一回だけ」

 そう言う及川を、私は目を丸くして見ていた。それでは生涯で一人しか愛さないみたいだ。恋愛の話を振ったのは私の方なのに、及川のあまりの達観ぶりに頭を揺さぶられる。勿論こんな話を聞いた後に告白できるわけもなく、私は友達としてその日を迎えた。及川がアルゼンチンに立つ日。空港にて、及川は最後の言葉を交わしていた。頑張ってくるだとか、よろしくだとか。私の番になり、私は姿勢を正す。何と言われるのだろう。みんなと同じでも、そうでなくても傷付く気がする。及川はふと表情を緩めると、口を開いた。

「好きだよ」

 私の脳裏にあの時の会話が広がる。及川は、好きを一生に一度しか言わない。それが今なのだ。

 私は驚きと興奮で何も言えなくなった。及川はそれすらわかっていたように私の元を去り、「行ってくる」と片手を挙げた。本当にずるい男だ。私は涙を拭いながら、及川へ手を振った。