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「外人はイエスって喘ぐって本当?」

 冴は不快だと言わんばかりに顔を歪めた。その頭上を低く飛行機が飛ぶ、空港近くのカフェでの出来事だった。近くのテーブルからは異国語が聞こえていた。耳を澄ませば「イエス」も聞こえてきそうなものだけれど、それが情事の際に使われていることを想像すると不自然に思えた。

「まるで俺が浮気してたみたいな言い方だな」

 冴は途中まで持ち上げたグラスからコーヒーを飲む。まるで平素な日常に戻ると宣言するように。

「浮気じゃないかもしれない」

 私ははっきりと、その言葉を声に出した。音にすることで確かめているようだった。私の意思は強固であると。

「何が言いたい?」

 冴は遂にグラスを置いた。コーヒーの中の氷が揺らいで軽い音を立てた。私達はその上で視線をぶつけ合っていた。彼と対峙するフットボーラーはこういった気持ちなのだろうか、と慄きつつも思う。

「はっきりさせようよ、私達が付き合ってるのか、付き合ってないのか」
「はっきりさせる必要があるのか? 誰かに言い寄られでもしてんのか」

 冴の態度は、私が予想していた通りのものだった。私は自分でも正解がわからなかった。どう言われたら嬉しいのか、納得するのか。冴の渡西前に交わした子供の口約束を今でも有効とするのは、正しくない気がした。付き合おうと言われて、私達がしたことは数度のデートと手を繋ぐことだけだ。

「してたらどうするの?」

 私は、冴の言葉に応戦する。冴は目を細め、威嚇するような顔をした。

「そいつの元までカチこむ」

 私は笑い出しそうになってしまった。それではまるで嫉妬しているみたいだ。私のことを、好きみたいだ。でも私のことを好きな人は、「はっきりさせる必要があるのか」などと言わない。好きだと、付き合おうと、私を求めるはずなのだ。冴は酷く矛盾していた。ここで別れてくれたら、私が今夜泣くだけで済むのにと思った。