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 夜闇に紛れている廃倉庫に、とある組織のメンバーが集まっていた。仕事や交流のためではない。人を殺し、世を腐らせるためだ。今し方殺しを終えたばかりの男に、女が近寄る。

「ジンさん、裏切り者以外は殺せないって本当ですか?」

 女は笑顔だった。とても悪の組織の一員とは思えない。男に殺されてしまうのではないかと思いきや、男は慣れたように視線を前へ逸らした。

「別に俺は必要だったら殺すぜ、誰でも」

 悪いことを言っている。それでも、どこか歯痒そうな顔をしている。男――ジンは、根が甘いのではない。組織を運営していくにあたって、審美眼に優れているのだ。

「でも私は組織に必要だから殺せない」
「……ああ、本当だ。鬱陶しい限りだ」

 女の目尻が垂れた。ジンは厄介だとでも言うように息を吐いた。

 ジンへのつきまといが始まったのは最近のことではない。もう何年も、気付いたらこうして想いを寄せていることを匂わせてくる。それでいてジンが何か言及しようとすれば、砂浜から引く波のようにさっと逃れてしまうのだ。どこまでが本気なのだかわかりやしない。いや、別に本気でなくていいのだけど。

「悪の組織で恋愛するほど酔狂な奴もいたもんだ。裏切り者以外にも案外面倒な奴らの集まりだな、うちは」

 ジンは吸っていた煙草を地面に落とし、靴で踏み消した。女はやけに利口だった。今までの大事な場面では、ジンにじゃれつかずじっとしている。命令は必ず遂行してくる。

「自分に惚れてるってわかってる女を作戦遂行のために自分のそばにつかせるのってどんな気分ですか?」
「うるせェ。次喋ったらお前でも容赦しねェぞ」

 ジンは眼光を強めて睨んだが、女は飄々と笑うだけだった。それもそうだ。無意識に「お前『でも』」と言うなんて、ジンも相当頭を悩ませているのだろう。この場に指摘できる者はいないけれど。ジンの責めるような視線が、女の背を刺した。