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 冴にとっての私は、餌をやっている野良猫のような感覚なのだろう。私をリードで繋いでおくことはしなかった。けれど気まぐれに、私に餌を与えた。それはデートであったり、体を重ねることであったりした。私達は付き合っていると言葉にして確かめなかった。浮気をしてもいい(その代わり、あまり構ってやることもできない)という冴のメッセージなのだろうと思っていた。ところが冴は、浮気など一度もしたことがないと言う。

「何のために付き合う口約束はせずにデートしてたの?」

 私が冴の正妻になれないのはこういう所なのだろうと思いながら、私は冴に不満を垂れた。冴は涼しい顔のまま、バゲットにソースを塗っていた。

「お前を待たせるのは悪いと思って」

 つまり、私のことを本当に好きで、私のためだけに宙ぶらりんのまま関係を持っていたということだ。私は素直に喜ぶことができない。

「スペインで遊ばずに?」
「好きな女を抱くから価値があるんだろ」

 冴は恥ずかしいことをさらりと言う。あれだけ慣れている風を装って、私――あるいは過去に付き合ったいくつかの女――としか寝たことがないのだ。私は遊んでいる冴が好きだったのだろうか。今少し落胆している。

「浮気してた私が馬鹿みたいじゃん」
「別に責めねえよ」

 私も好きで浮気をしていたわけではない。いや男と遊ぶことに興味はあったけど、冴が私を繋ぎ止めてくれないならと、半ば自暴自棄になっていたのだ。先程私を好きだとか言っておいて、私が浮気していたことに少しの動揺も見せない。

「お仕置きとかしてよ」
「お望みならやってやろうか?」

 と言いつつも、冴は最後にはきっと優しくしてしまう。何度も寝たのだから、私が一番わかっている。私は大きな口でバゲットにかじりついた。