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 所用があって、自動で動く昇降機に乗っていた時のことだ。突然それは、音を立てて止まった。私もこの昇降機に詳しいわけではないのでわからないが、何か不都合が起きたのではないかと思った。しかし隣にいる桂さんは、神妙な顔をして懐手した腕を抜いた。

「これはもしや……セックスしないと出られない部屋なのではないか?」
「えっ!?」

 私は驚く。桂さんについて行くと決めて、天人文化からは距離を置いていた。ならば何故今日昇降機に乗っているのかと聞かれれば、桂さんが上階にあるプールに行きたいと言ったからなのだけど、とにかく私達は昇降機なるものに無知だった。

「急に出られなくなったぞ。しなければ俺達は明日の朝日を拝むこともできまい」

 桂さんは日本の未来を考えている時のように真剣な表情だ。行動を共にするようになって長いが、桂さんにそういったことを求められることはなかった。桂さんは案外、必要に迫られたら簡単にしてしまう人なのだろうか。

「あの……桂さんがそういうことに積極的なの、結構意外なんですけど」

 私が言うと、桂さんは何故か得意げに顔を上げた。

「何せ俺は名前殿が好きだからな! まぐわうことに比べれば告白くらい何でもないわ! ハッハッハ!」

 桂さんは覚悟を決めているのだ。桂さんは決して軽い気持ちで私と性交をすると言ったのではない。元から私が好きで、この状況は言わばきっかけに過ぎないのだ。

「桂さん……」

 私は着物に手をかける。場に流されただけかもしれない。私は桂さんが好きなのではないか、と思い始めていた。今それが気のせいなのかどうかは、どうでもよかった。

 その時、突然目の前の扉が開く。

「すみません、エレベーターの工事に来ました。大丈夫ですか」

 私達の間にあった甘い空気は消え去り、二人ともぴたりと固まる。

「工事……?」
「ですから、エレベーターが故障しているので」

 どうやら、この昇降機はエレベーターと言うらしい。そしてそれは、壊れていたらしい。つまりセックスしないと出られない部屋でも何でもないのだ。

「そうかそうか。そうだと思っていたぞ」

 綺麗に手のひらを返した桂さんを追って、エレベーターを出る。まったく、どうしてセックスしないと出られない部屋は知っていてエレベーターは知らないのだろう。桂さんも少しは性に興味のある男子ということだろうか。私は先程の桂さんの表情を思い出し、照れを隠すように口元に手を当てた。