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 一目見た瞬間、苗字名前に惹かれた。恋というよりは憧れに近かったかもしれない。彼女と近付きたいという気持ちはあったものの、俺は名前と本気で付き合いたいと思っていたわけではなかった。遠くから眺めて、たまに元気を貰う。同じ学部のくせに、話すことなど一度もなかった。

 そのはずなのに、名前と俺は今向かい合って食事をしている。借りた本を返すためだ。もっと言うなれば、その本が気になると言った俺に「名前持ってたよな? 貸してやれば」と元也が言ったからだ。元也と彼女が付き合ったことで、俺達は旧友のような仲になっていた。俺は何もしていないのに、元也が彼女をかっさらったというだけで。

「元也と付き合ってくれてよかった、本当に。おかげでこうして話せるから」

 俺はスパゲッティをフォークに巻きながら言う。あまりに唐突だとか、変なように聞こえるとかはどうでもよかった。たまにこうして、危ない橋を渡ってみたくなる時があるのだ。

「それは私を好きだったみたいに聞こえるけど」
「否定しない」

 高校生の俺なら多分、恥ずかしくて言えなかったと思う。それだけ成長したということだ。それがいいようになのかはわからないけれど。

「略奪はしてくれないんだ?」

 いたずらめいた視線で言う彼女に、俺は目線を下げる。

「俺達は、元也を介さないと上手くいかないから」

 そう、俺達は二人では完成しないのだ。間に元也がいてようやく話せる。仮に元也と名前が別れたところで、俺達は会話もままならないただの同期に戻るだけだろう。名前をとったとかで、俺も元也を恨んではいない。

「それに寝取られは好きじゃない」
「凄い想定だ」
「だから、たまにまたこうして会って」

 俺の言葉に、彼女は小さく笑った。彼氏の従兄弟に好かれていることをどう感じているのだろう。俺の好意が本物の恋なのかどうかは曖昧なところだ。元也と彼女の間にある好意が本物なのかも、よくわからない。元也はまるで友達のように彼女に接するから。けれど、少しでも何かが変われば俺達の関係は崩壊してしまうのだろうと思った。だからこれでいいのだ。俺はノンアルコールのドリンクを飲んだ。