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 プラトニックに進む、というのが私達の間のルールだった。明文化したわけではないが、侑が私の背中に手を伸ばした時――ホックを外そうとして私が拒んだ時、それは暗黙のルールと化した。要するに私の方の経験が足りないのだ。侑は友達のような付き合いを繰り返した。今日も、映画を観てソフトクリームを食べるという、至って普通のデートである。侑は私がソフトクリームを舐めるさまをじっと見ていた。こちらが気まずくなるほどに、じっと。

「あーあかんチューしたくなってきた!」

 一応ここは公共の場であるのだけど、侑はそんなことを叫ぶ。私は照れ隠しにソフトクリームを顔の前にやった。侑ならスマートにキスくらいできるかもしれないが、わざわざ声に出すのは私への配慮だろう。

「絶対えっちはせんって約束するから密室行かん?」
「何言ってんの」

 誘うにしても、もう少し言い方があるだろう。侑ほどの慣れた男でもその程度の言葉しか出てこないのかと私は呆れる。ふりをして羞恥に苛まれている。路上でするのは嫌だろうという配慮はありがたいが、正面きって密室に入るのもまた勇気がいる。

「カラオケならえっちしたら店員さんに怒られるやん! もういっそ店員さん呼んで見張ってもらおうや!」

 余程自分の潔白を証明したいのか、侑は暴走している。何故カラオケの店員の前でキスをする必要があるのだ。そんなの、店員も困るに決まっている。

「普通に、普通にでええから」

 私は侑をたしなめるふりをして、ちゃっかり密室に行くことにした。侑は店員こそ呼ばなかったけれど、長めのキスをして身を寄せた。そうやってじっとしているところは、よく躾けられた大型犬のようだった。もうそろそろ前へ進まなくてはと思いつつも、それには私から動かなければいけないのだと思うと腰が重い。