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 友達から待ち合わせに遅れるという連絡があった。目の前に、エキゾチックな男子学生がいた。私が彼に声をかけたのはその程度の理由だった。

「どこかで会ったことありません?」

 少し迷った末、ナンパの常套句とも言える言葉をかける。彼は見るからに真面目そうだから、嫌な顔をして断るかもしれない。そうしたら遅れてきた友人に愚痴を聞いてもらおう。

 彼は、顔をしかめるでもなく考え込んだ。

「ない……はずだが、そう言われるということはあるのか? 僕の記憶に間違いなどないはずなんだが……おかしい……」

 彼は真面目そうなのではない。真面目腐っているのだ。インテリは好みではあるが、ここまでの男に会ったのは初めてである。彼の隣にいた男の子が小さく笑った。

「零、お姉さんは零を格好いいと思って声をかけてるだけだ。会ったことは多分ないよ」
 ナンパを解説するとこういうことになる。目の前でそれを聞いていた私はたちまち恥ずかしくなった。この程度の精神ではナンパに向かないのかもしれない。

「そうなのか……? なら、そう言えばいいものを」
「それはまあナンパの手口なんだろう」

 すみません、と心の中で謝る。彼は真面目な顔つきをし、私に視線を合わせた。

「あなたは僕に想いを寄せているということでいいですね?」

 重い。見た目に反して、彼は古風な日本男児のようだ。今日出会ったばかりなのだから、私だってイケメンくらいにしか考えていない。

「まあ……」

 自分からナンパをした手前否定することもできず、曖昧に濁す。すると彼はずいと前に出た。

「すみませんが僕はお付き合いできません。これからもっと忙しくなるので」

 彼のような誠実な青年をナンパしたのが間違いだった。成功したところで、今日一日中遊ぶだけではなく何ヶ月も付き合うはめになるのだろう。それはそれでいいのだけど、彼の高潔さとのギャップにやられてしまいそうだ。

「わかりました」

 私は逃げ出すようにその場を去った。彼の友人が笑っていたのが恥ずかしかった。