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 典型的な症状に、まさかと思って市販検査薬を買った。結果は陽性だった。医者は予約していないが、そろそろ行かなくてはいけないだろう。まだ産むかどうかも決まっていないけれど、それが私と腹の中の子供にとって最善策であることに違いない。

「絞りきれないわけじゃないの。ここ最近、本当に誰ともしていないの」

 私は心の中の不安を吐き出すように話した。その相手である乙骨くんは、場違いのような柔和な笑みを浮かべた。

「僕が言い寄ってる間少しも他の人に気が移らなかったんだ。嬉しい」

 妊娠した、ということを話すのに乙骨くんは間違っていたかもしれない。彼は私にずっと好意を寄せてくれているからだ。だからこそ、私に甘い彼に縋りたくなってしまったのかもしれない。

「私、これからどうしたら……」

 こうやって、頼るべきではないとわかっている。けれど乙骨くんなら受け止めてくれるという無慈悲な信頼が私にはあった。

「産みたい?」

 乙骨くんは平坦な声で言う。怒っているとも、喜んでいるともつかない。

「堕ろしたくはない」

 私は素直に答えた。すると乙骨くんは私と目線を合わせ、安心させるような笑みを浮かべた。

「なら僕が父親になるよ」

 乙骨くんの言葉に意表をつかれる。彼が別の男との子供を作ったことに激怒するとも思えなかったけど、これはもっと意外だった。そこまで私のことを好きだったのか、と私は改めて思い知らされる。

「名前さんの生活も、その子供の生活も支える。少しはお金と精神に余裕があると思ってるんだけど、どうかな?」
「ありがとう……」

 私は顔を手で覆った。あからさまに好意を示してきて苦手だった乙骨くんが、一番の恩人になった瞬間だった。彼がどれだけ打算にまみれていても、私はこの不安定な時期に支えてくれたことに一生頭が上がらないだろう。乙骨くんは私の頭を撫で、任務があるからと出て行った。


 乙骨が高専の寮を歩くこと少し、同僚に呼び止められる。乙骨は足を止め、無表情に振り返った。

「そういえば、名前の寮の部屋の鍵が一つなくなったの知らない? 確か三ヶ月前くらいからなんだけど、あの子そういうことに無頓着だから。変な男に勝手に上がり込まれてなければいいんだけど……って、入る人も高専関係者しかいないだろうけど」

 乙骨は優等生のような表情を作り、芝居がかった口調で言った。

「『知らないな』」