▼ ▲ ▼

「将来名前が結婚したら俺バームクーヘン食べるわ」

 唐突にそう言った古森に、私は眉をひそめる。

「何の宣言?」

 古森は帽子を被り直した。彼は有名人であるのだ。何故そんな人と私が会っているのかというと、古い付き合いだからに他ならない。お互いを異性として意識しているなら、バームクーヘンなどという話も出ないだろう。

「俺達って外から見ても結構いい感じらしいよ? っていう報告」

 古森はそう言って笑った。古森は恋愛の話をする気なのだろうか。私達についての、恋愛の話を。古森は意識している相手に平然とそういった話をできる人なのだろうか。まあ、そうであっても不思議ではない。

「外から見て『も』?」

 それではまるで私達本人から見ても「いい感じ」だと言っているみたいだ。古森は軽薄な笑みを浮かべた。

「俺達は付き合う直前だろ?」

 私は、古森が男女の話をしたいのだと理解した。好きです、付き合ってくださいと明言はしなくても、流れで恋仲になるつもりだ。そういう器用さは古森らしかった。しかし、バームクーヘンエンドとは長い間お似合いだったのに結ばれなかった男女への言葉のはずだ。

「ここで付き合ったらバームクーヘン食べられないよ?」
「付き合ってもいつか別れるだろ、俺らって」

 古森は相変わらず笑っている。今付き合う話をしているのに、平然とそういうことを言えるのが信じられなかった。無理に着飾らない、と言った方がいいのかもしれない。でも、やはり好きな人への態度ではない。

「本当に告白する気ある?」

 古森は首を反らせ、天を仰いで言った。

「いつか別れてもいいって思えるほど、お前と付き合いたいの」

 あれほど恋愛慣れしていそうな古森が、ネガティブともとれる告白をするとは思わなかった。私は新鮮な気持ちになる。バームクーヘンはまあ、嫌いではない。