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「あれ、浴衣」

 待ち合わせ場所についてまず声に出したのは、佐久早が着ているものへの反応だった。祭りにも夏にも縁が遠そうな佐久早が、わざわざ浴衣を着込むなど思わなかったのだ。

「これは古森が折角だから着ろって……」

 佐久早は煩わしそうに浴衣に触れる。しかし、何かを考え込むようにした後、思い直したように顔を上げた。

「いや、俺が気合い入れたくて着た」

 芯の通ったような瞳をして、まっすぐに私を見つめる。佐久早はこのデートに本気であるということだ。

「素直だねえ」

 私は感想を述べた後、自らの浴衣の袖を引っ張る。

「私も気合い入れてきた」
「似合ってる」

 本来出会ってすぐに交わすべき会話を、佐久早はここで回収した。私達は雑踏の中へ一歩踏み込んだ。そもそも、夏祭りへ一緒に行く時点でお互い好きではあるのだ。問題はいつ、どうやって、付き合うフェーズに移行するかである。かき氷を買っても焼きそばを買ってもその話題にはならなかった。確かに、焼きそば片手に告白されたら少し間抜けだ。ではどうするのだろうと思ったところで、佐久早はライトに照らされた屋台を指差した。

「金魚すくい、大漁だったら付き合って」

 私は頷いた。そもそも、「大漁だったら」というのが不確実な話だ。射的であの的を倒せたら、金魚を十匹以上釣れたら、という明確な基準ではない。そういったものに頼らなくてもいいほど、私達の仲は付き合うに近いものだということだ。

 かがみ込んだ佐久早に合わせて、私もかがむ。佐久早は真剣な眼差しで金魚をすくっていた。私も屋台のおじさんにお金を払ってポイを貰う。意外と難しい。私が釣れたのは、三匹程度だ。

 佐久早は五匹釣れたところでポイが破けてしまった。五匹を大漁と言うかどうかは、かなり曖昧なところだ。固まっている佐久早のお椀に、私は自らのお椀の中身をあけた。

「これで付き合えるね」

 金魚は合計八匹になる。大漁、と言っていいだろう。佐久早は驚いた様子ながらも小さく笑った。その後、私達はすくった金魚を全て元のプールに戻した。どちらも飼えないのだから仕方ない。金魚すくいとは、すくうことを楽しむ一時的な遊戯だ。私達の付き合いがそのようなものであったとしても、私は夏に浮かれずにいられないだろう。