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 下駄箱を開けたらラブレターが入っていた。という青春めいた出来事は私に起きず、どうやら入れる下駄箱を間違えただけのようだった。その証拠に、ラブレターの宛名は「糸師くんへ」だ。隣の下駄箱へ入れ直そうとしたが、その時人が来てしまった。仕方なく、私はラブレターを鞄にしまった。

「これ、糸師くんに」

 翌日、私は教室で糸師くんにラブレターを渡した。その手つきは生理用品の受け渡しをする女子中学生のようだっただろう。糸師くんは大きく目を見開き、ラブレターを受け取った。これでようやくあるべき所に渡ったと、私は安堵していた。

「今日、帰り待っとけ」

 糸師くんの元を去る際に、糸師くんは呟いた。大方迷惑をかけたお詫びでもしてくれるのだろうか。糸師くんのモテ方は凄まじいものである。こうして他人に影響を及ぼすのも珍しい話ではないのだろう。

 部活を終えて校門の前で待つと、糸師くんが大股でやってきた。彼は当然のように私の横に並び、周りに見せつけるように同じ歩調で歩いた。

「これからは毎日こうしろ。映画でも何でも付き合ってやる。俺の部屋にも来い」

 随分と命令口調だが、その中身は親しげなものである。それが糸師くんにとってのお付き合いなのではないかと勘付きながらも、私はとぼけてみせる。

「糸師くん、そんなに私と仲良かったっけ?」
「これから仲良くなるんだろ!」

 その必死な顔を見て、私は糸師くんがラブレターの送り主を私だと勘違いしているのではないか、と思い当たった。あのラブレターには、送り主の名がなかった。本文に書いていなければ、糸師くんは私が書いたと思うだろう。誰かの手柄を奪ったような気になりつつも、あえて訂正する気にはなれなかった。

「じゃあよろしくね」

 こうして私達は付き合い始めた。付き合おうとか好きだとかいう言葉はなかったけど、多分同じことだ。手紙に書いてあったのかもしれない。糸師くんは彼なりに私へ尽くしてくれた。私がラブレターの送り主ではないとわかったらどうなってしまうのだろう。そう思うと、少し面白くなる。そろそろ、ラブレターを書いた女子が何の反応もないことに怪しがる頃だ。

 ある日、糸師くんは私の机まで来ると紅潮した顔で言った。

「よくも騙したな!」

 これから別れるのか、それとも付き合い直すのか。私は曖昧に笑ってみせた。どちらにしろ糸師くんが怒っているのは確かだ。糸師くんは机に手を叩き、凄んで言った。

「書き直せ。お前の字で。今日中に」

 その言い方は反省文を命じる先生か何かのようで、私は思わず笑ってしまった。