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「お願い古森、一緒に来て」

 私は古森の腕を引っ張った。正確には、まくられたワイシャツの上だ。直接肌に触れるのは抵抗があった。いくら古森がフレンドリーな人物といえど、だ。

「佐久早と話したいだけだろ? 俺いなくていーじゃん」
「古森じゃないとダメなの!」

 私の目当ては佐久早くんだ。別のクラスの佐久早くんと話すために、古森を利用している。佐久早くんも古森が自分の意思で来ているわけではないことには気付いているだろうが、今のところ何も言わない。私はそれに甘えている。

 普段のように「仕方ないな〜」と来てくれることを予想していたが、古森は意外にも立ち止まった。面白がるのと訝しむのが半々の顔をしている。

「苗字って俺のことが好きなんじゃないの?」

 先程「古森じゃないとダメ」だと言ったことが効いているのだ、と思った。確かに勘違いさせそうな言葉だが、古森ならばしないと思っていた。彼は人間関係が得意そうだ。

「私は佐久早が好き」

 古森がとっくに知っているだろう事実を告げる。古森はそれには反応せず、相変わらずからかっているのかわからない声色で言った。

「その割には勘違いさせるようなこと言うじゃん」

 だから、古森はしないから大丈夫なのだ。そう言おうとして、古森に遮られる。

「もし俺が苗字を好きだから付き合ってるって言ったらどうすんの?」
「そんなことあるわけ――」

 顔を上げかけて、止まる。古森はもうからかっているような顔をしていなかった。表情のない真顔。古森に全く相応しくない顔に見えた。
 途端に固まった私を見かけたように、古森の顔がくしゃりと歪む。

「もしもだっつーの」
「そうだよね」

 私は、必死に胸の動悸を誤魔化すすべを考えていた。どきりとした。それは決して佐久早くんでは感じたことのないときめきだった。私が好きなのは、佐久早くん。古森も私も、もしかしたら佐久早くんも知っている事実だ。