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 南雲さんに告白された。彼が告白などという手順を踏むことも意外だったけれど、私はきちんとお断りした。彼氏がいるから、というありきたりな理由だ。実際私に恋人はいたし、南雲さんをどう思っていようが付き合うことはできない。

 南雲さんは一回あっさりと引き下がり、次に姿を見せた時はベッドの上だった。先程まで私の彼氏がいた場所に南雲さんがいた。彼のタトゥーを思い出して、だから今日は服を脱がなかったのかと思い至った。既に行為は終了していた。

「これで別れるしかなくなっちゃったね」

 どこから取り出したのか、普段の自分の服に戻り南雲さんは楽しそうに笑った。変装して騙されただけなのに、こうしていると私が自分の意思で南雲さんとホテルへ来たみたいだ。私の今の緊張は、彼氏を裏切っているからなのか南雲さんと二人きりだからなのかわからない。

「別れるかは決まってないでしょ」
「どうかな? 名前ちゃんの彼氏、僕のこと凄く意識してるみたいだけど。僕に寝取られたなんて知ったら一番怒るんじゃないかな」

 南雲さんが何かしたのだ、と思う。相手を挑発させて感情をコントロールするなど、一番南雲さんが得意そうなことだ。私がどれだけ隠そうとしても、南雲さんならそっと知らせることができるだろう。バラすと言われたら、それこそ私は逆らえない。しかし南雲さんは意外にも、甘美な声を出した。

「言わないでおく? そうしたらもっと特別な関係になれるね。死ぬまで僕達しか知らない秘密がある」

 秘密にしてくれるほどありがたいことはない。南雲さんの言う通り、私の彼氏は南雲さんを敵対視している。南雲さんと寝たことが知られたら、それほど面倒なことはないのだ。けれどそうしたら、南雲さんと親密になってしまう。どれもこれもが南雲さんの敷かれたレールの上である気がする。一体いつから、南雲さんは伏線を敷き始めたのだろう。

「どうせ秘密にしておくなら一回も二回も変わらないと思うけど、どう?」

 私がじろりと睨むと、南雲さんは「冗談」と言って両手を挙げた。既に汚れきった手だというのに、まるで自らの潔白を示すように。

「じゃあ頑張ってね」

 私は南雲さんから逃れられない。嘘をつき続ける限り、永遠に南雲さんとは特別な関係になる。なってしまった。告白された時彼氏と別れて付き合っておいた方がよかったのではないかと、今更ながらに思った。