▼ ▲ ▼

 入学式を終え、新入生は帰路に着いた。強豪の男子バレー部に既に所属している俺達ですら、今日だけは休みとなっている。普段ハードスケジュールを強いられていると、休みに何をしていいかわからなくなるものだ。適当に視線を迷わせた俺は、電車内に赤い跡がついているのを見つけた。そのすぐそばで足首に傷痕を作っている女子生徒を見つけて、それが彼女の靴擦れの跡であると理解した。電車内は、清潔であるべきだと思う。新幹線のようにすぐに清掃が入らないのだから尚更。俺だって、乗り込んだ電車に誰のかもわからない血痕があったら嫌だ。

「これ」

 俺はバッグに常備している絆創膏を取り出した。彼女は驚いたようにした後、受け取れないと遠慮する。

「いいから」

 俺は苛ついていた。血を撒き散らされるのが嫌なだけで、絆創膏をきっかけにナンパしようなどしていない。

 俺のしつこさに負けたのか彼女は受け取って、足首に絆創膏を貼っていた。俺はそれを監視するように見ていた。

 彼女から呼び出されたのはその一週間後のことである。

「佐久早くんのこと好きになった」

 理由はわかっている。というか、俺と彼女の接点は例の電車の出来事しかない。俺はきまりが悪くなった。彼女には困っているところに現れた親切な王子様に見えているかもしれないが、俺はそんなものではない。

「俺が絆創膏をやったのは、お前を迷惑だと思ったからだ」

 彼女の表情が衝撃に止まる。言いすぎたかと思い、取り繕うように言葉を足した。

「好きなのが迷惑とは言ってない。俺は潔癖なんだ」
「知ってる」

 俺は入学一週間で結構有名になってしまったようだ。だから女子からこういう目に遭う。それを断ることくらい何でもなかったはずなのに、彼女の前では言葉を上手く紡げない。

「とにかく、俺のあれは悪意だったんだよ。そこを好きとか言われると、俺の良心が痛む」

 これで俺の言いたいことは全てだ。彼女を見ると、泣き出しそうな顔をしていた。惚れたきっかけが悪意だと言われたらそうなるだろう。俺はやりきれない思いになる。勝手に期待されて、勝手に失望されただけ。言ってしまえばそうなのだが、曲がりなりにも親切をしてしまっただけに罪悪感があった。とりあえず泣かれるのは困る。

「俺の別な部分を好きになってもらえるように頑張るから」
「うん!」

 調子のいいことを言うと、彼女は元気に頷いた。何故俺の方が彼女に振り向いてもらおうとしているのだろう。これは、彼女から俺への告白だったはずなのだけど。ああ、女子って面倒臭い。それでも俺は、何度タイムリープしても彼女に絆創膏をやっただろう。