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 梅雨時にもなれば雨が降る。昔の梅雨は小雨が降るイメージだったけど、最近の梅雨は大豪雨だ。たとえ傘を差していても全身びしょ濡れは免れないだろう。

 頼りない折りたたみ傘を手に踏み出そうとした瞬間、隣から飛び出そうとする苗字の姿を認めた。苗字は傘を持っていない。走って何とかするつもりなのだろう。

 俺は息を吐いて、苗字の服を掴んだ。振り返った苗字に、傘を差し出す。

「使えよ」

 俺には小さい折り畳み傘だが、苗字一人くらいならなんとかなるはずだ。苗字が俺のことを好きなのは知っていた。勘違いさせてしまうかもしれないが、これは人としての親切だ。あと、後輩への優しさでもある。

「ありがとうございます」

 苗字が受け取ったのを見て、俺は雨の中に飛び出した。早く走ってしまわないと。近くで雨の跳ねる音がして、苗字が隣に並んだ。苗字は俺がやった傘を差さず、手に持って走っていた。

「何で使わないんだよ」

 雨音に負けじと俺が叫ぶ。

「五条さんだけが風邪ひくより、二人でひいた方がいいです」

 苗字も叫んだ。俺はその一言に不本意ながら心を揺るがされていた。傘があるのに二人で濡れるなんて、非合理的の極みなのに。叩きつけるような雨の中、足並みを揃えて走る俺達は少し青春らしいことをしているのかもしれなかった。

 その二日後、俺は寮の大広間で横になっていた。

「クソ騙された……ときめいた俺が馬鹿だった」

 この時期は保健医が忙しいらしく、同時に二人の病人は看られないのだそうだ。風邪をひいた俺達二人は、まとめて大広間に布団を敷いて寝かされた。苗字は最初からこれを狙っていたのだ。まんまとやられた形になる。でも、と俺は隣の苗字の苦しそうな顔を見る。

 ここまでするほど俺のことが好きなら、少しくらい恵んでやってもいいのかもしれない。ひたむきに好意を向けられるというのはまあ、悪いことではない。熱のせいかはわからないが、俺はそんな思考になっていた。