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「なあ、鎌倉方面に出るにはどうしたらいいんだ?」

 突然私に話しかけてきたのは明らかなオーラのある、茶髪のイケメンだった。

 話を聞けばこうだ。彼は海外から久々に帰省したが、あまりにも街が変わっていて道がわからなくなった。さらにはスーツケースの荷物も抱え困り果てていたらしい。そこにちょうど通りかかったのが私というわけだ。私は横目でちらりと彼を伺った。よく似た目元に、ニュースでぼんやり見たことのある顔。彼は、糸師凛の兄、糸師冴ではないだろうか。

「何だ?」

 サングラスをずらして視線を寄越されたので、私は慌てて前を向く。

「いえ、もしかして、糸師冴さんかなって……」
「そうだけど」

 あっさりと肯定され、私は言葉に詰まる。私は彼のサッカープレイヤーである面より、糸師凛の兄である部分に魅力を感じているのだ。私は誤魔化すように笑った。

「弟さんと同じクラスなんですけど、全然私の想いに振り向いてくれないなーって」

 苦情のように言ったつもりではない。糸師冴だと反応した理由を言わないと彼は気持ち悪いだろうと思ったからだ。彼――糸師冴は目を見開き、「凛のクラスメイトか」としみじみと言った。

「助けてもらったしな。礼はしてやるよ」

 お菓子でもくれるのだろうと私は隣で頷く。しかし彼は、スマートフォンを取り出してどこかへ電話をかけた。

「凛、お前の同級生の苗字さんって子すげぇ可愛いな。一回抱いていいか?」

 それだけ言うと電話を切ってスマートフォンをしまう。彼は「じゃ、俺ん家ここだから」とある家の前で止まった。彼が玄関のドアを開けようとした瞬間、物凄い勢いで内側から開いた。

「お前のじゃねぇんだよタコ」

 気付けば肩を抱かれている。私は凛くんの体温を感じながら、頭を整理した。糸師冴が凛くんを煽るようなことを言ったのは、私の片思いを知ってのことだろう。凛くんは糸師冴を敵対視している。糸師冴はそれを含めて「お礼」だと言ったのだ。

「苗字は俺のだ」

 それにしても、効果がありすぎではないだろうか。凛くんのものになった覚えはないのだけど、私はこの状況に甘んじていた。凛くんは糸師冴を獣のような目で睨む。糸師冴は私達を確認した後静かに家の中に入った。その後、私がどうすべきかも教えてくれればよかったのに。凛くんと二人取り残されながら、私は漸く息をしていた。