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「古森君のスパイク打ってるところ、格好いいね」

 それは思春期特有の思慕を含んだ言葉ではなく、純粋に俺のことに憧れているようだった。憧れとは少し違うかもしれない。苗字はいつもコートの外にいた。そして俺を見ていた。俺が走り込むところも、飛ぶところも、スパイクを打つところも。そして、従兄弟のアイツに美味しい部分をとられてしまうところも。

 見られているから、落胆も増した。俺一人だったらまた聖臣に負けた、その程度だろう。でもあいつもいるせいで、俺は失望という最悪のエンターテイメントを他人と共有したことになる。がっかりしてるんだろうな。心の中で、小さな笑いが漏れた。

「古森君、お疲れ様」

 朝練帰り、何の苦労も知らないような笑顔が俺を迎える。お前は応援してるだけでいいよな、という言葉が、歯の寸前で止まった。

「苗字が好きだって言うから俺は頑張らなきゃいけなくなっちゃうんだ」

 嫌味は言わなくて済んだけど、弱音は代わりに口の中から出てきた。こんなこと、苗字に言ってどうなる。でも俺は止まらない。苗字が見ている限り、俺はずっと走り続けなければいけない。

「正直重いよ」

 苗字の顔は見られなかった。俺は黙って苗字の元を去った。それから、苗字が試合を観に来ることはなくなった。肩の荷がおりたようで、なんとなく心細い気がした。聖臣には相変わらず負けているけど、もう悔しいとかは思えなくて、なんというかこう、虚しい。

 そんな日々から俺が立ち直ったのは苗字のおかげなどではなく、俺のこの健全な精神のせいなのだけど、俺は苗字に会いに行った。あの日見せられなかった笑顔を携えて。

「俺、ポジション変えたんだよね。よかったらまた試合観に来てよ」

 自分勝手だろうが、人間関係には自信がある。その証拠に苗字は、みるみるうちに笑顔を広げた。

「うん!」

 苗字の場合は、本人が単純すぎるだけか。あー、ちょろい。俺は心の中で笑いを浮かべた。何の屈託もない笑みだった。