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 カウンターの隣に座った人物を見て、銀時は顔を上げた。久しく見る彼女は、かぶき町の住人で銀時の飲み仲間・苗字名前だったのである。

「久しぶりだな。ここにも来ねェで何してたんだ?」
「実は私、桂さんに憧れて……」

 その時点で嫌な予感はしていた。桂は何かと奇怪な行動を示す電波のくせに、カリスマ性と面の良さだけは一丁前なのである。対して名前は頭の中に花でも詰まっていそうな能天気さだ。続いて名前が出してみせたものを見て、銀時は叫び出すことになる。

「攘夷志士になったんです」
「何人生棒に振ってんだァァア!」

 名前の外套から覗く腰には、真剣が刺さっている。勿論廃刀令の時代には禁忌の代物だ。そもそも真剣を手に入れられる環境があるということが、違法な組織との繋がりがあることを示すのである。

「いや、お前がなんとなくヅラ好きなのかなってのはわかってたよ? 身内だけど名前ちゃんの恋愛でもあるし、俺ゲロ吐きそうになりながら見守ってたよ。でも何で攘夷志士になったの? 後方支援者になってヅラを家に泊めてあげるとかじゃダメだったの? そっちの方が多分美味しい展開になってたよ?」

 今更遅いとはわかりつつも、銀時は必死に名前を元に戻せないかと口を回す。だが名前は頑とした意思で首を振った。

「攘夷活動の仲間として協力してくれる人を桂さんが恋愛対象に入れるとは思えません」
「じゃあ攘夷志士になった意味ねーだろ! 言っとくけど恋愛気分でできるもんじゃねーからな攘夷活動って!」

 攘夷戦争に参加していたことは銀時の伏せたい過去でもあるのだが、先輩としてたまらず大声で叫ぶ。銀時が参加していた時ほど切迫していないとはいえ、攘夷は男の戦いだ。軽い気持ちでやるものではない。

「じゃあお前戦えんの? 真選組倒せる? チャンバラじゃ通用しねェかんな」
「夜のチャンバラならできます」
「お前マジでヅラとヤることしか考えてねーだろ!」

 名前の実態を見て、銀時は不安になってきた。いくら名前が本気で攘夷活動をしていないとはいえ、帯刀していれば賊とみなされる。桂や高杉のような強さを持たない名前が、これからやっていけるのだろうか。

「……仕方ねェな、少し剣教えてやるよ。明日の昼新八の道場に来い。チャンバラ程度でも少しは役に立つだろうよ」

 名前を桂の元から引き抜くのは難しい。それならばせめて、自分の身を守れるくらいにさせてやるのが友というものではないだろうか。後は名前の目論見が上手く行けば桂が守ってくれるだろう。上手く行くことは一生ないだろうが。

 ふと隣を見ると、唇を突き出した名前が上目遣いで銀時を見ていた。

「銀さん、私は桂さんが好きなのに……三角関係だなんて、困ります」
「だーっもう面倒くせェ! やっぱイカれてる同士お似合いだよお前ら! ヅラと乳繰り合ってろ!」

 支払いをツケで済ませて銀時はスナックお登勢を出る。日本の未来は、かなり危うい。