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 高専内部には蒸した風が吹き、夏特有の湿った空気を運んでいた。悟と硝子が任務のため、今日は私と夏油だけだ。気まずいと思う時期も、やけに前髪やスカートの皺を気にする時期も通り過ぎてしまった。それどころか、私は本気ともつかない声で語りかける。

「明日無事任務を終えられたら付き合ってよ」

 別に明日に凄く大事な任務があるわけではない。ただ付き合ってくださいと言うよりも、条件があった方がいいだろうということだ。そして私が本当に付き合う気があるのか、私すらわからなかった。

「怪我したら永遠に付き合えないということ?」

 本気なのかということには触れず、夏油はルールを確認するように尋ねる。私は木の葉の奥の影を見た。今にしかない、若いゆらめき。

「私達にあるとしたら今付き合うか、一生付き合わないか、それだけだと思わない?」

 夏油と後になってから付き合う未来は想像つかなかった。大人になった夏油すら想像つかなかった。私達は今が全てだ。私達の大事なことは全て、この三年間に詰まっている。

「私も同じことを考えていた。こんなに好きなのにね」
「そういうこと言ったらやりづらくなるでしょ!」
「はは、ごめん」

 夏油は笑っていた。返事のような答えを聞きながら、私は明日の任務に心を躍らせた。

 結果として、私達は付き合わなかった。私が任務で軽い切り傷を負ったからだ。硝子の世話になるほどではなかったが、約束は約束である。夏油と私は何事もなかったかのように過ごした。それでよかったのかもしれない、と思う。もし私が夏油と付き合っていたら、私の心が折り合いをつけられなかっただろう。私は夏油に守られている。不思議な生ぬるさだけがそこにあった。