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 俺はタオルハンカチを握り、顔を上げた。恋愛は苦手な方ではない。でも、信頼している友達を恋愛のステージに移行させるのは苦手だ。それでも相手が苗字なら、という気持ちはある。

「お前のことちゃんと考えるから」

 隣に立つ苗字に、俺は語りかける。クーラーがついているのに誰かが窓を開けたせいで、教室は蒸し暑かった。苗字は先程からクーラーが当たる位置に陣取っている。俺の席のすぐ脇だから、ではないようだ。きょとんとする苗字に、俺は言葉を足す。

「この間誕生日プレゼントまでくれただろ」

 苗字は「受け取って」と言い、俺の誕生日にタオルハンカチをくれた。それがコンビニで売っているお菓子の類なら受け流せただろうが、苗字の選んだものはそれなりにいいものだった。苗字は俺に好意がある。実感が俺の体を熱くさせる。

「それは少し前に教科書貸してくれたことのお礼だよ」

 苗字があまりにもけろりと言うものだから、俺は目を瞬いた。教科書を貸したお礼に、タオルハンカチ? お菓子などではなく? そういえば、苗字は結構な頻度で忘れていた気がする。

「じゃあ俺勝手にドキドキしただけじゃん!」

 俺は嘆くように叫んだ。情けないことを言っている自覚はある。でも、俺は本当に心が揺らいだんだ。

「自分がした親切を忘れちゃうくらいいつもやってるのは素敵だと思うよ」

 話を恋愛に軌道修正するかのようにフォローした苗字に、俺は噛みついた。

「フラグ立てようとすんな!」

 苗字は楽しそうに笑った。まったく、と俺はタオルハンカチを見る。お菓子で済ませない、こういった苗字の律儀なところは、俺も好きかもしれない。なんて、恋愛の真似事だろうか。