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「凄い! 滝があるよ」

 私が指した建物の外装には滝があり、その他にも豪華な見た目をしていた。隣を歩く赤葦は一瞥した後、静かに答える。

「あれラブホですよ」
「入ってみたい」

 別に誰と、と想定していたわけではない。ただ滝のある建物に入りたくなっただけだ。赤葦は一度目を伏せて、心の中に用意した文言を読み上げるように言った。

「別の機会に来ればいいじゃないですか」
「いつ?」
「名前さんも彼氏が出来たらラブホくらい行くでしょう」

 そう言う赤葦はラブホに行ったことがあるのだろうか。ラブホだとすぐに判別できるのだ。あるのかもしれない。私は別に寂しくないが、赤葦はどうなのだろう。

「赤葦は私に彼氏ができてもいいの?」
「それは……嫌ですけど」

 赤葦は戸惑いつつも、素直に答えた。そこが赤葦の可愛らしいところだ。第一、空きコマに二人で外を歩いている時点で私達は少なからず特別な仲である。私はそう思っていなくても、赤葦は思っているかもしれない。

「じゃあ今入ろうよ。折角だから」

 セックスをしたいと思っているのか、自分でもわからなかった。あるのは興味と、赤葦をからかいたいという欲だ。その結果痛い目に遭うことになっても、私はまあいいのではないかと思っている。

「物事にはタイミングというものがあります。告白と交際開始とセックスは同時にするべきではない」

 赤葦は平たい声で言った。どうやら赤葦は勢いに任せて私とセックスをするのではなく、告白を踏まえてしようとしているようだ。そういう所が赤葦の真面目な所である。

「じゃあ部屋に入るだけでいいから」

 私が譲歩すると、「それはできません」と即答された。

「赤葦の変態!」
「ラブホ前で騒いでる人に言われたくありません」

 結局私達はラブホに入らなかった。でもまた空いた時間が被れば私達は同じように散歩に出るだろうし、ラブホを見つければ一騒ぎするだろう。全く付き合う話にはならない私達の関係を、もしかしたら赤葦はもどかしく思っているかもしれない。