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 通りを歩いていた時、唐突に後ろから布のようなものを巻かれた。

「名前殿」

 その言葉に振り返ると、桂さんが私の腰に羽織を巻き終えたところだった。

「桂さん、何ですか。これ」
「今日のところは家へ帰れ。手を洗いに行くといい」

 困惑する私を置いて桂さんはエリザベスと去ってしまう。一体何だというのだろうか。どちらにしろ私は家に帰るところなのだけど、藍色の着物一枚でいる桂さんはなんだか新鮮だ。


 その翌日、私は洗濯した桂さんの羽織を袋に入れてかぶき町を歩いていた。桂さんの言う通り厠へ行くと、私の着物には経血が滲んでいたのだ。桂さんはそれに気付き、私が恥をかかないようにと羽織を貸してくれたのだろう。普段電波であるがゆえに、無駄にときめいてしまう。桂さんを探して歩いていると、指名手配犯だというのにすぐに見つけることができた。

「これ、ありがとうございました」
「気にすることはない」

 桂さんは袋から羽織を出しすぐに袖を通した。やはり桂さんはいつもの格好が似合う。腕を組んでいる姿を見ていると、この堅物がスマートな気遣いをしてくれたなど信じがたいくらいだ。

「桂さんってそういうことに疎いのかと思ってました」
「俺とて成人した男だ。女子の体の仕組みくらい知っている」

 桂さんが言うと不思議といやらしい響きに聞こえない。普段の桂さんの言動が為せる技だろう。

「それより名前殿、この間から薄着すぎるのではないか。女子が体を冷やすものではない。元気な子供を産めなくなるぞ」

 古い価値観の桂さんは気付かないかもしれないが、今のはセクハラとも捉えられかねないギリギリの発言だ。私は笑って、堅物の桂さんをからかうように攻めた発言をした。

「桂さんは子供が欲しいんですか?」
「何故その話になる。時と場合による」

 桂さんは文句をつけつつもきちんと答えてくれるようだ。追われる身の桂さんが所帯を持つところはなかなか想像できないが、桂さんが子供を持つ場合とはどんなものなのだろうか。

「それってどんな時ですか?」

「伴侶の身に何の心配もなく、健康であることだ」

 桂さんは自分が追われる身である限り所帯を持たないと思っていたので、少し意外だ。驚いた目で桂さんを見上げていると、話を逸らすように桂さんが大きく咳払いをした。

「とにかく! 名前殿も体を冷やすことなく健康でいることだ。そして元気な子供を産め!」
「やっぱり今のセクハラですよ」

 私は笑って桂さんにお礼の和菓子を渡す。菓子を受け取る桂さんの耳は少し赤くなっていた。お互い慣れないことはするものではない。