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 高校の時、ずっと背を追っていた。いつだって牛島くんの背中は遠くて、私が話しかけるのは憚られた。言えないまま、他の女子に囲まれる牛島くんを見ていた。私が高校時代と言われて思い出すのは、あのもどかしい思いなのだった。

「お誕生日おめでとう」

 時は流れ、令和。私は牛島くんのチームのファンミーティングで牛島くんと相対していた。高校時代と比べて少しは勇気がついたというのもあるだろうが、一番は金で買った時間だということだ。今の私はファンとして、牛島くんを好きでいることが「普通」なのだ。

「今日は俺の誕生日ではない」

 牛島くんは冷静に言った。ファン相手にもこういう態度なのかと、私は心の中で苦笑した。牛島くんの誕生日にはファンが盛大に祝ったと聞いている。

「知ってる。高校の時、言いたくて言えなかったから」
「どうして今言ったんだ?」

 牛島くんは顔色を変えなかった。最初から、私が高校時代の同級生だと気付いていたのかもしれない。私の名前を牛島くんは言えるだろうか。試す勇気はない。

「今の牛島くんになら言えそうな気がしたから」

 これは私なりの、過去との訣別なのだ。私は今日牛島くんを祝うことで、高校時代の自分の思いを昇華させられるような気がしていた。今日からは、もうあの場面を夢に見ることはない。

「多分俺が柔らかくなったんじゃなくて、お前に度胸がついたんだ」

 驚いて顔を上げると、牛島くんは小さく笑っていた。牛島くんが相手を褒めるようなことを言うことも、謙遜することも、全て予想外だった。

「知らない間に随分成長したな」

 好きだった人、いや好きな人に認められた。私は恥ずかしくなり、顔を俯けた。牛島くんは最後にハイタッチをして次のファンと交代した。私はこのファンミーティングを何度でも思い出すのだろうと思った。