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 調理系の専門学校へ行くと伝えた時、「お前もか」と担任に言われた。進路別に集められたことで、あと一人が誰なのかはわかった。同じクラスの苗字名前だ。俺はなんとなく嫌な気配を感じながら、苗字に話しかける。

「調理なんか興味あったん?」

 いや、絶対にないだろう。十中八九治につられてに違いない。苗字もそれを隠す気がないようで、平然と答えた。

「ないよ。記念受験」

 治は頭に手を当てた。生意気な言い方になってしまうが、女子から好意を寄せられることには慣れている。でも進学先まで影響させたのは初めてだ。そんなことで将来を決めていいのか。呆れた気持ちと、申し訳ない気持ちが半々くらいある。

「普通に考えておかしいやんか。記念受験て、進路はもっとちゃんと決めなあかん」
「考えたよ」

 苗字は即答だ。治をそれほど好きなのだろう。治は「苗字が自分を好き」と声に出すことを躊躇わなくなっていた。

「そこまで好きなら他にすることあるやろ。告白とかしてへんやん」

 せめて付き合いを求めるくらいで落ち着いてほしい。何も将来のハンドルを治に任せる必要はないのだ。専門学校希望者が集められた教室に、じとりとした時間が流れる。

「したら治くんオーケーしてくれるん?」

 苗字は鋭い視線を向けた。痛い所を突かれた。

「それはわからんけど……」

 視線を逸らす治に、苗字はもう用はないとばかりに前を向く。

「なら専門行く」
「わーっ、卒業した後も会うから、だから進路は真面目に考えてや」

 苗字の方が治を好きなはずなのに、どうして治が苗字と必死に会おうとしているのだろう。苗字の進路のためではあるのだが、「苗字のため」と言うとますます治が苗字を好きみたいだ。好きではないんだけどな、と治は考える。ただ、豪快すぎる。同窓会でかつて自分を好きだった人に罵られるのは悲しいから、治は苗字の進路の手伝いをする。苗字はちらりと治に視線をやった後、パンフレットを見た。