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「これ貰って」

 突然呼び出したかと思えば、古森はテーブルの上に小箱を置いた。居酒屋の簡素なテーブルの上に出されたそれは、とても不似合いに思えた。外装の美しさ、形、大きさ。それは指輪に違いなかった。

「彼女にプロポーズしたんだけど断られちゃった。中身は抜いてくんだからちゃっかりしてるよなー」

 古森は会社の愚痴を言うような口調で言った。私はこの箱の中身が空であるということに、少し安堵していた。だとしても、指輪の箱は指輪の箱である。古森が彼女にフラれた今、どうしてその残骸を私へ渡すのか。私は問い詰めるだけの元気を取り戻す。

「何で私なの。気持ちこもってないでしょうね」

 まだ注文の品は来ていないのに、古森は酔ったかのような目をしていた。その目を見て、彼女にフラれたというのは古森にとってかなり大きな出来事だったのかもしれないと思った。古森は軽いからわかりづらいけれど。

「気持ちがあった方がいいなら込めるけど。俺名前のことなら好きになれるよ」

 古森の声は真剣だ。ここから恋が始まってしまうこともあるのだろう。実際、私の心はくらくらとしている。古森もまた、私にある程度心を許しているからこそ残骸を渡す相手に選んだのだろう。

 でも、と私は冷静になる。一度古森の内側に入るような真似をしておいて、別れるようなことがあったら古森は二度と自分の内へ入ることを許してくれないだろう。

「弱みにつけこませようとしてる?」
「あ、バレた?」

 危うく古森の策略に乗るところだった。古森は悪戯な顔をして頭を掻いた。何年もかけて手に入れた古森の親友という立ち位置を、今はまだ手放す気はない。話を遮るようにビールが到着して、私達はそれに手を伸ばした。