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「おい銀時! これを見てくれ!」

 近くに寄りがてら万事屋を訪れていると、ノックもなしに桂さんが入って来た。その手にはスマートフォンがある。銀時は携帯すら持っていないというのに、桂さんは随分時代について行っているものだ。銀さんと一緒に覗き込むと、黒背景にリンクがいくつか貼られたホームページのようなものだった。

「俺が作ったのだ! どうだ銀時! 貴様の分もあるぞ!」
「作ったってどうせわけのわかんねェ攘夷志士勧誘サイトだろ。俺のもあるってどういうことだよ」

 桂さんは攘夷志士勧誘メールといい変にネットに精通しているきらいがある。桂さんは得意げな顔で「書庫」というリンクを押した。すると、「坂田銀時」「桂小太郎」「高杉晋助」「坂本辰馬」という名前が出てきた。

「何だァこれ? 過去の栄光でも書いたのか?」
「銀時……俺達が人気だったのは男子だけではない。女子にもだ。そしてその人気は現代にも続いている!」
「知らねーよ。つーか女にも人気あったらこんな寂しい人生送ってないんですけど」

 桂さんは自分の名前をタップし、大量に出てきたポエムのようなリンクから一つをタップした。するとそこにはやたらと改行が多い文章が出てくる。

「今女子に流行っているのは『夢小説』だ! これで再び俺達の人気に火をつけ、幕府を転覆する!」
「夢小説って……」
「何だよそれ」

 心当たりのなさそうな銀さんとは違い、私は夢小説が何たるかを知っている。乙女向けとも言われる趣味で、間違っても本人が書くものではない。桂さんはスマートフォン片手に音読し始めた。

「『だめです、桂さん……』私は形ばかり桂さんを押しのけた。桂さんはその手を掴み、自分の方へと引き寄せる。『主人には隠さずともよい。この桂小太郎が相手になろう』私はもう主人のことなど頭から消えていた。瞳に映るのは、桂さん一人だけだ。『桂さん……』『名前殿……』」
「ちょっと待てー!」

 聞いているのも恥ずかしいくらいのロマンスだったが、自分の名前が出てきたところで私はたまらずに声を上げた。一体何故、夢主人公の名前が私の名前になっているのだろうか。

「何でそこで私の名前なんですか!」
「俺の夢小説のデフォルトネームは名前殿の名前にしている。ちなみに銀時や高杉のデフォルトネームはななしのごんべだ」
「ちょっと待て俺もこんな小説書かれてんの!?」

 私達はそれぞれに紛糾した。銀さんやその他は適当な名前なのに、どうして私だけ個人名なのだろう。プライバシーもへったくれもない。

「何で桂さんに寝取られるヒロインの名前が私なんですか!」
「このサイトは管理人の自己満足で運営しているものです。いかなる場合も読後の苦情は受け付けません」
「桂さんが読んで聞かせたんでしょうが!」

 桂さんは聞きなれたフレーズを口に出し、私のクレームをシャットアウトする。私が声を荒げると、仕方ないと言った様子で腕を組み恥ずかしげもなく語りだした。

「これは夢小説だ。夢小説は書いた者の夢を何でも叶えるフィクションだ。夢小説の世界では何でもアリなのだ」
「俺はヅラにヅラの理想の夢小説書かれてんのかよォ……」

 すると桂さんの理想の世界は、私が誰かと結婚し桂さんに寝取られるということだろうか。随分難儀な人に好かれてしまったものである。私は業を煮やしたままスマートフォンを取り出し、桂さんに宣戦布告した。

「じゃあ私も書くので夢小説でバトルといきましょうよ」
「ほう。名前殿の理想とする俺との物語か?」
「いや、私は銀さん担当で」
「何でだァァ!」

 こうして桂さんのサイトに、書き手が一人加わった。